天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(5)

 いずれの家も、公国に対して特別友好的な家柄ではない。レオノーレが輿入れすれば、彼女を通して彼らと大公家、ひいては王家と大公家の結びつきを強めることが出来る、政略的には美味しい縁談だ。
 それだけに下手な断り方をすれば軋轢を生みかねなかった。いや、実際クライネルト公爵もアーベライン伯爵も、レオノーレの勝手な振る舞いに不快感を示しているという。
 そこで、何とかせよ、という曖昧な命令が王から王太子に下された。
 そう言われても、とディルクは頭を抱えそうになる。
「大公は、レオが大人しく婚約相手を選ぶと思ったのか?」
「決められるのが嫌ならば自分で選べ、と殿下は仰せになったようでございます。姫さまは快諾なさっていたのですがね……」
「それは、断る自由が与えられたと勘違いしてる節があるな」
 レオノーレが断っているのは見合いだけではなかった。使節の代表として招かれた宴席もいくつか欠席している。副使のドナート伯爵は出席しているが、やはりまずい。
 彼女が宴に出なかった理由は簡単だった。
 ユニカが出席しないのなら、自分も出ない。
 ますます頭を抱えたくなった。
 ユニカを出席させる催しは、王やエルツェ公爵と相談し、最小限に絞ってある。やはり貴族の振るまい方を知らないユニカに、最初からすべての行事をこなせと言うのは酷だからだ。
 代わりにエルツェ公爵夫人に小規模なサロンを開いて貰い、亡き王妃の施療院事業にひときわ理解が深かった、ユニカへの反発も少ないであろう女性達を集め、少しずつ貴族の集まりにユニカを参加させていた。
 レオノーレは、そのサロンに出席しているらしいのだ。今日も騎士達を置いて、小言を言わない侍女だけを連れ出かけて行ったそうだ。
 元日のあの夜、結局はユニカとレオノーレを引き合わせてしまったことを、ディルクは激しく後悔する。
 見合いにしろ、正使の役目にしろ、すっぽかすレオノーレを何とかしろと言われても、それは都に降り積もった雪を一瞬で溶かせと言われるのと同じくらいに難しい。
「ところで、私の部下を何人か殿下の直属にしたいというお話でしたが……」
 盛大な溜息を吐くディルクに気の毒そうな視線を向けながら、ヴィルヘルムは本題を切り出す。レオノーレの話から逃げたようにも感じる唐突さで。目付役のようなヴィルヘルムでさえ、公女の傲岸な振る舞いを止めることは困難なのである。
「ああ。まだ確定していないが、六人選ばせて貰いたいんだ。……王家の騎士を使うのは避けたいところでね」
「ほう、親衛隊でもお作りになるつもりですかな?」
「まあ、そんなところだ」
 冗談交じりに言う騎士へ、ディルクは不適な笑みを返した。騎士は少しだけ目を瞠ったあと、怪訝そうにディルクを見つめてくる。
「仲のよい者ばかりを用いられますと、シヴィロの廷臣や騎士から反感を買いますぞ」
 彼も、ディルクの立場がまだ安定していないことを分かっている。態とバランスを損なうような人選をするのは何故か、とヴィルヘルムの視線は問うてきた。

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