天槍のユニカ



夜の片隅で(5)

「では公国に対して好戦的な西部の貴族連合を淘汰するため、我がシヴィロ王国からも兵を派遣する、と提案すれば、貴国はそれを受け入れて下さるのか?」
 チェスにでも誘うようなディルクの口調に、アレシュよりも彼の後ろに控えていた騎士があからさまに顔を顰めた。他国の軍を領内へ招き入れるリスクの大きさを考えれば、アレシュが簡単に頷けるはずは無い。
 現実に渋い顔をして押し黙った彼に極上の笑みを差し向けてから、ディルクはふと人波の向こうを見遣る。
「貴国と公国の争いが無くなることを、私も望んでいます。しかし私は外交を任される立場にありません。あちらにいるベッセル卿がシヴィロ王国の新外相です。ご挨拶がまだなら、是非お話をなさるべきだ」
「……ええ、仰るとおりですね。外務卿にご挨拶させて頂きましょう。しかし殿下、」
 狼狽え、情けなく歪んでいたアレシュの瞳が不意に鋭く光る。
「お望みとあらば、テナ将軍の遺骸の在処を探し出します。まだバルタスの戦役から三年と経っておりません。決して不可能なことではございませんが、」
「――アレシュ殿。あの戦は、既に講和が結ばれすべての賠償が履行されています。蒸し返すのはよくない。互いに大きな犠牲を払った戦いだけに」
 発言を遮られたにも関わらず、アレシュはどこかしたり顔だった。そうですね、と呟くように言って、栗色の睫をゆっくりと伏せる。
「しかし、殿下の宿恨のもととなっているのは、将軍のご遺体を取り戻せなかったことであろうとお察しします。殿下の我が国に対する憎しみを少しでも取り除けるなら、と思いました」
 彼の視線がするりと下方へ滑り、きつく握りしめられていたディルクの拳を見つける。
 絹越しに突き刺さる爪の感触を自覚しながらも、ディルクは手の力を緩めることが出来なかった。そうでなければ、せっかく頬に貼り付けた笑みが崩れてしまう。
「お気遣いはありがたいが、やはり済んだことです」
 過去に拘ることはない、という言葉は出てこない。そう言うべきであったのだろうが。
「承知いたしました。ですが殿下がお望みとあらば、我々はいつでも調査を開始する用意がある、ということはお心に留めおき下さい。帰国前に、ゆっくりお話しできる時間を頂ければと思いますが――もちろんこの話についてではなく、将来にわたっての我々の付き合い方について……。殿下個人のお話も、お聞かせ頂きたく」
「陛下が会食の席を設けて下さるでしょう。その時、お話しましょう」
「ありがとうございます。それでは」
 アレシュは短い栗色の髪を揺らして頭を垂れた。もうディルクの反応には関心を失ったらしい。充分動揺を誘えたつもりなのか。彼は初めに話しかけてきた時と同じ愛嬌のある笑みを残して、踵を返した。
 そして去りゆく間際、彼の視線がすいと泳いだ。その先にいたのはユニカだ。
 レオノーレに葡萄酒が入ったグラスを押しつけられ、怯えきった黒髪の娘は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。その表情も一瞬で人の波の合間に消える。

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