天槍のユニカ



夜の片隅で(4)

「クヴェン殿下がお若くしてご薨去遊ばし、ユグフェルト陛下にはどれほど傷心のことかと案じておりました。しかし、妹姫であらせられる公妃さまのご子息が、これほどたくましい若人でいらしたのは幸いでしたね。殿下が王位を継がれることが決まり王家は安泰、大公家との結束はいっそう強まり、両国は更なる躍進を遂げるでしょう。我が国もあやかりたいものです」
「たまたま、私がクヴェン王子の下の席に座っていただけの話です。玉座を継ぐことになろうとは思ってもいなかったので、王国のことはまだ何も分かりません。特に貴国と我が国の関わり方については、疑問に思うところが多々ある」
 ディルクの言葉で、互いの笑みが一瞬にして消える。
 彼らの周りにいた貴族たちが、その様子を見逃さず耳をそばだてるのが気配で分かった。しかし会場に流れる華やかな音楽と、絶えることのない喧騒はいくらでも二人の声を覆い隠すだろう。
 すかさず沈黙を取り繕うアレシュも、周囲の雑音に声が紛れてしまうよう故意に声量を抑えた。
「殿下、貴国と我が国の和平は、ユグフェルト陛下がお若い頃から取り組み実現させたもの。我が君、ダリミル陛下も、この調和が末永く続くがよいとお考えでいらっしゃいます。我が国が一枚岩でなく、それ故公国とは諍いが絶えないために、大公家出身の殿下が我が国を信用して下さらないのは悲しいことです」
 嘆息とも、笑いともとれる吐息をこぼし、ディルクは口の端をゆるく持ち上げた。
 狼狽を隠しきれない青年の表情を眺め、彼は少なからず満足感を覚える。子供じゃあるまいし。そう自嘲するが、態度を変えようとは思わなかった。
 こうしてディルクの心情を確かめに来るのだから、アレシュとて初めから冷たくあしらわれることを予想していたはずだ。互いに国を動かす者の息子として生きてきたからには、互いの経歴もある程度は把握しているのだから。
「悲しまれても仕方がありません。信頼関係は友の屍の上に築けるものでしょうか? 違うでしょう、アレシュ殿」
 アレシュは、もう十年近くトルイユの国政に関わってきた。ディルクがそれを知っているように、彼が公国の騎士として、またバルタス方面軍の司令官として、トルイユと戦ったことをアレシュは知っているはずだった。
 ゆえにトルイユの為政者たちはディルクが気がかりなのだ。次代のシヴィロ国王となる者が、自分たちに友好的でないことが初めから分かっている。これはアレシュの一族にとって由々しき事態だった。
 貴族連合の紛争が絶えないおかげで、ブルシーク家の権威は増す一方。しかし戦は農地と人手をめちゃくちゃに踏みつぶし、生産力を著しく損なう原因となる。
 荒れ地と餓死者が増えるばかりのトルイユ国内においては、シヴィロ王国の後援を得て、穀物や家畜、鉱物、技術を輸入する伝手を持つことが、権威の象徴のひとつなのだ。将来それを無くすかも知れないという不安は、なんとしても解消しておく必要がある。
 今回その外交の全権代表を任されているらしいアレシュは、身を乗り出さんばかりでディルクに真摯な眼差しを向けてきた。
「殿下の仰ることはごもっともです。なればこそ殿下のお力添えが必要なのです。我々はウゼロ公国との友好を望んでおります。公国が産出する『ウゼロ・ゴルト』を金貨の鋳造に用いたいと考えておりますし、発達した金融の仕組みについても学びたい。そのためにはまずトルイユを再統一し、公国との戦をなくさねばなりません」

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