天槍のユニカ



夜の片隅で(3)

「あけましておめでとうございます、王太子殿下。トルイユ国王、ダリミル陛下の名代として参りました、アレシュ・ブルシークと申します。なにやらお急ぎでしたか?」
「いいえ、問題ありません。おめでとうございます。遠路遙々お越し頂いたこと、陛下とともに歓迎いたします」
 丁寧なディルクの挨拶に、青年は人懐こい印象の目を細めて笑った。
 聞き覚えのある名を心中で反芻しながら、ディルクは彼の付き人の装いも確かめる。
 胸にいくつも勲章を提げているので、こちらは礼装をした騎士のようだ。アレシュより頭一つ分背が高く、がっちりしたいかにも武人という骨格も相俟って、威圧感がある。勲章に混じってアレシュと同じ六つ星の紋章を身につけているので、彼に縁のある家柄の騎士らしい。
 そしてアレシュ・ブルシーク――ディルクの記憶が確かなら、彼はブルシーク家当主の長子だ。
 くるくると巻いた栗色の髪が頬や目許にかかり、大変愛嬌のある風貌の青年だった。後ろに立つ騎士に反してひょろりとした体型で、いささか貧弱そうだが、男にしては愛らしすぎる屈託の無い笑みが、人目を惹きつける。
 苦手とするエイルリヒに通じるものがあり、ディルクはますます笑みが引き攣りそうになった。
「お話しできて光栄です、殿下」
 彼が手套を外し右手を差し出してきたので、ディルクもそれに応じる。
 アレシュは国王の名代を名乗った使者だが、実際、トルイユで王族のように振る舞っているのは彼の一族だ。
 十年以上前から数度続いた飢饉、そして大地震の煽りを食って、トルイユの王権は倒れた。王家は存続しているが、全く実権を伴わない。
 国王の支配から離れた貴族たちは、各地で連合を作り、各々が王冠を手にすることを狙って、トルイユ国内では内紛が続いている。にもかかわらず完全に分裂することなく国の体裁を保っているのは、ブルシーク家が裏で貴族たちの糸を引いているから、と言われていた。
 ブルシーク家は、トルイユ王家の家令を務めた家系でありながら、王家転覆のきっかけとなったドチェカル侯爵の謀反さえ手引きしたという噂だ。そして一度は王城を追われた国王を城に戻し、ドチェカルを淘汰した功績によって、ブルシーク家の当主――アレシュの父は、当今、摂政を名乗っていた。
 国内の勢力闘争をも操り、力のある貴族が台頭しすぎないよう潰し合わせているとかいないとか。ウゼロ公国へ攻め入り金鉱山を奪い取るよう、西部の貴族連合を唆しているのも、この家の可能性がある。
 当のブルシーク家はトルイユ東部に本拠地を置き、王家の代わりとなってシヴィロ王国との国交を牛耳っていた。先ほどアレシュは真っ先に王のもとへ挨拶に来ていたが、ディルクは次に声をかけられることを避け、あえて席を立ったのだ。
 握られた手を拭いたいほど不快だ。まさかそんな真似をするわけにはいかないものの、ディルクは離された手をすぐに手套で覆った。

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