天槍のユニカ



夜の片隅で(2)

 そちらに視線を滑らせると、よいタイミングで割れた人垣の向こうに、華やかに装った妹の姿がちらりと見えた。続いて、彼女にがっちりと腕を組まれ、引き摺られるように歩くユニカの姿が。
「あのばか……っ」
 隣の席に座りエルツェ公爵らと歓談していた王が、ちらりとディルクを見た。汚い言葉が聞こえていたらしい。笑って誤魔化し、ディルクは空のグラスを通りかかった召使いに渡して席を立った。
「ん、どこ行くの?」
 立ち上がったディルクが遠く席を離れようとしていることに気づき、彼の警護が役目であるルウェルもついてくる。
「レオのところだ。何故あいつがユニカと一緒にいるんだ?」
「さあ……友達になったんじゃねえの?」
「あり得ないな。どこで捕まったんだ、いったい」
 レオノーレがユニカを連れて歩く事情はさっぱり分からないが、歓迎できることではない。好奇心に任せユニカのことを堂々と詮索する妹の姿が目に浮かぶ。悪目立ちするにもほどがあるではないか。
 ユニカを諸人の前に出すとき、しばらくは細心の注意を払わねばならないと、ディルクや王は考えていた。具体的には、ディルクかエルツェ公爵、その夫人が護衛になるという取り決めをしてある。
 ユニカ本人が人前へ出ることに不慣れなのもあるし、まだ命を狙われる危険が無くなったわけではないからだ。ディルクらに付随する身分や警護の騎士で、彼女を守る必要があった。
 ディルクに気がついて道を空けてくれる貴族たちに愛想良く笑みを振りまきながら、彼は先を急ぐ。
 しかし、目の前に道を譲らない青年が現れた。
 彼の出で立ちを確かめた途端、ディルクはそれまで浮かべていた笑みが引き攣ったことに、自分でも気がついた。
 彼の進路を塞ぐ青年は、にっこりと笑いながら二人を待ち構えている。ディルクよりもいくつか上の、二十代半ばかそれを少し過ぎた年頃で、左肩から提げているのはトルイユの国章が刺繍されたサッシュだ。
 その青年とは今日が初対面だが、彼が身につける国章には深い因縁があった。それも、悪しき因縁である。
 見なかったことにしたいところだったが、相手は国賓。長く続いた闘争をやめる協定を結び、商いすら交わしている国からの代表者。目が合ってしまった以上、王族のディルクが無視するわけにはいかない。
 内心舌打ちしながら、先ほどユニカたちを見つけた方向を窺った。早く駆けつけたいところだが、この男の相手をしないからには動けない。
 先にルウェルを向かわせレオノーレを牽制しようか……と思ったものの、エルツェ公爵夫人とエリュゼの顔が人波の向こうに見えたのでほっとする。どうやら、彼女らがユニカの傍にいるようだ。ひとまずは猶予がある、だろうか。

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