天槍のユニカ



見つけるために(10)

 貴婦人の半歩後ろに立っているエリュゼに聞いたつもりだったが、彼女が口を開く間もなく、貴婦人は自ら名乗った。
 ユニカは目を瞠って目の前の貴婦人を見上げる。
 エルツェ公爵の妻女。と言うことは、今後ユニカにとっては母となる女性。亡き王妃クレスツェンツの盟友であり、現在の施療院事業を支えている人物だ。
 夫人は飄々としたエルツェ公爵とは真反対で、冷淡に引き締まった表情を浮かべ、ユニカを見据えた。
 夜会のための豪奢な衣装。祝いの席で身につけるべき白色は、結い上げてある髪に挿したスイセンの花。重たそうな月長石のペンダントが彼女のデコルテを飾っていて、それにもスイセンの花が彫られている。
 装いも貴族社会の頂を占める大貴族の妻らしい。そしてユニカが不安になるほどの貫禄を漂わせるヘルミーネだが、まだ四十手前といった若さに見える。クレスツェンツと歳が近そうだ。
 彼女の目的など推し量るまでもない。ユニカを夜会に参加させるつもりなのだ。
「何をしているのです。早くドレスをご用意しなさい」
 彼女は侍女たちを叱ると、立ち上がろうともしないユニカをきっと睨み付けた。
「さあユニカ様、お立ちになって、あちらでお着替え下さい。まだ夜会も始まったところ。今からでも遅くはございません。臣下の挨拶を受けねば」
「みんな、私を王族だなんて思っていないわ。陛下に取り憑いていた魔女がどんな顔をしているか見たいだけでしょう。見世物にされるのは嫌よ……」
 貴族たちの、公女の、好奇と疑いの目。その無数の光を思い出しながら、ユニカは夫人から顔を背けた。
「王妃さまのお名前を汚すおつもりですか」
 すると突きつけられた剣呑な言葉に、ユニカは思わず眉を顰める。
「どうしてそういうことになるの?」
「先ほどの式典で陛下がなんと仰ったか、もうお忘れですか? 陛下は、ユニカ様を『クレスツェンツ様が後継と認めた娘』、そうご紹介なさったのですよ。あなた様は王城に居座る『魔女』ではなく、王家が必要として一族に迎えた人物であると。ならばそのおつもりで皆の前に立たねばなりません。まずはユニカ様が王族としての姿を見せねば、陛下や王妃さまのご判断が間違っていたと見なされます」
「そんなことを言われたって……」
 ユニカが気がつきたくなかったところまできっぱりと言葉にし、夫人は言い放った。
 衣装の用意が出来たと伝えに来たディディエンに頷き返すと、彼女はユニカが自分を慰めるように握っていた扇子を取り上げる。そして躊躇無く空いた手を掴み、無理矢理椅子から引っ張り上げた。
「ヘルミーネ様、あまり強引になさるのは」
 見た目に反して貴婦人らしからぬ乱暴さだ。エリュゼすら驚き、ユニカを衝立の向こうに押し込もうとするヘルミーネを止めにかかる。彼女はそれすら力技で退けた。
「ユニカ様がおいでになるまで、夜会は終えぬよう行事官に伝えてあります。出て行くのが遅くなるほど注目を集める。そうお思い下さいませ」

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