見つけるために(3)
「指輪を返して貰えるかな」
言われて、左手の人差し指からディルクの指輪を抜き取る。彼は掌を差し出してはいたが、黙って指輪を見せただけでは受け取ろうとしなかった。わずかに目を細め、ユニカの目を真っ直ぐに見つめてくる。
しかし彼が求めている言葉を、ユニカは持っていない。
断らなくちゃ。微かに胸が痛んだ気がしたが、ユニカはゆっくりと言うべき言葉を口にした。
「殿下のお申し出を、承るわけにはいきません」
ディルクはほんの少しだけ眉根を寄せ、そして溜息とともに笑みをこぼした。
「そうか」
「そうか、って」
それだけ?
あまりにあっさりと納得されてしまったので、ユニカは思わず呟く。相手の口の端がにやりと持ち上がる。
「もっと口説かれることを期待していた?」
「そういう、ことでは……」
ディルクは頬を染めたユニカに一歩詰め寄り、額を擦り合わせるような距離で目をのぞき込んでくる。顔を背けようとすれば頬に手を添えられ、それが叶わなくなった。
ついには額がこつんとぶつかり、何度かこの距離で見てきたように、青緑色の瞳が視界を覆った。
「諦めるつもりは無い。覚えておいてくれ。俺が、クレスツェンツ様の代わりに君を王家に迎える。仮初めの名を与えるのではなく」
後退って彼の手から逃れたいところだったが、足が動かなかった。重い衣装のせいだろうと思う。
ユニカが肩を竦めている内に、ディルクは彼女の額に唇を押しつける。
家族や友人に愛を示すためのキスとはまるで違った。行為自体は同じなのに。火熨斗のような熱でもって、ディルクの唇はユニカの心に何かを刻みつける。
熱い吐息を残して彼の唇が離れていくと、痛いほどに激しく心臓が脈を打っていた。
「行こうか。今日は予定がたくさんある。遅れるとあとに響くからな」
彼は、拒んだユニカの手を再び握ってくれた。
手を引かれるまま歩く。それはひどく心地よい。
王に復讐すること以外何も考えてこなかったユニカは、まだ顔を上げる決心さえついていない。
無条件に導いてくれるディルクの手が、温かかった。
頷くことは出来なかったが、彼の手をそっと握り返す。
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そして彼の言うとおり、元日の王家の予定は分刻みで詰め込まれていた。
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