天槍のユニカ



幕間2(2)

「あらそう。まあちょっとは伸びないと大変よね。成長期のはずだし。心配しなくてもこれから勢いがついてぐんぐん伸びるわよ。父さまは背が高いもの。母さまはどちらかというと小柄だけど?」
「喜ばせたいんですか安心させたいんですか、それとも落ち込ませたいんですか!?」
「別にどちらでもないわ」
 ほほほ、と扇をかざして笑った彼女は、くるりとドレスの裾を翻してソファに向かった。そして一緒に入って来たマティアスに、お茶を催促する。
 彼女はレオノーレ。
 レオノーレ・ヴロニ・ガーゲルン。
 言わずと知れた現大公の長女で、エイルリヒの姉だ。過剰な愛情表現を好むこの姉のおかげで、エイルリヒは初めてのキスも許嫁に捧げることが出来なかった――それは置いておくとして、行く先々の空気を掻き乱し自分のものにしてしまう彼女は、エイルリヒが思い通りに出来ない希少な人間の一人だった。
 磨いた赤銅のように赤く輝く金の巻き毛を掻き上げ、レオノーレはドレスの下に隠れた長い脚を組む。あっという間に寛ぎ始めた彼女は、弟に向かいの席へ座るよう促した。
 エイルリヒも父譲りの赤っけが強い金髪だが、レオノーレの髪はもっと赤に近い。年々赤みが増していったようにも思う。
 華やかな髪色は彼女によく似合っていて、それ故にいくつもの渾名をつけられていた。『ハンネローレの薔薇の君』『紅の騎士姫』、憧れの詰まったそれらの文句に、実態を知るエイルリヒは誇大広告だと叫びたくなる。
「今日お帰りでしたっけ。出迎えにも行けなくてすみません。女公は一緒に?」
「いいのよ、忙しいって聞いていたから。小母さまはバルタスに残ると仰るから、あたしだけ戻って来たの。トルイユでヤロスラフが軍を集めている気配があるのよ。雪解けが遅いあたしたちは不利だわ。正直、バルタスの方は新年を祝っている場合じゃないわね」
 いざ敵国に動きがあれば、レオノーレは己の親衛騎士団を率いて出撃する公国軍の将の一人だ。だから彼女は公都への帰還をぎりぎりまで待っていたのだった。二年前の金鉱山を巡るトルイユとの戦にも参加したし、戦後、ディルクに代わってバルタス方面軍の総督となったグリーエネラ女公爵は、レオノーレの師であり育ての親である。
 バルタス奪回戦の後、彼女らは公国の南西部に腰を据え、産業の要衝を守り抜いてきた。二人は守護神さながらに、当地の崇拝を集めている。
「ヤロスラフと言えば、トルイユの南西に本拠地のある家でしたよね? 小物だし、今までの侵攻にも何度か参加はしていたとは聞きましたけど、とても一軍の中心人物になれる貴族ではなかった気がします。それがわざわざ、バルタスまで遠征?」
「そうなのよね。また連合の中でいざこざがあって、力を得たのがヤロスラフなのか、それとも“奴ら”の後ろ盾を得て前に出てきたのか、ちょっと分からないわ。兵団の規模もいまいち掴みきれない……小規模な小競り合いで済むと高をくくるわけにはいかないのよ、いつでもそうだけど。こうも続くと兵の疲労が溜まるわ。年明けぐらい家に帰してやりたいのに、替えの軍がすぐには用意出来ないものね」
「ディルクのために騎士を三十人も王家に送らなくちゃいけませんしね。人手不足だなぁ……」

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