天槍のユニカ



幕間2(1)

幕間−2−


 ウゼロ公国の都、テドッツへ帰還してからも、エイルリヒにゆっくりと休息する時間はほとんど無かった。彼が都へ到着したときには月が改まっていて、シヴィロ王国と同じく、公国でも新年を迎えるための準備が本格化していたからだった。
 最も気を遣うのが、シヴィロ王国へ派遣する新年参賀のための使節の準備だ。先日エイルリヒが帰国したばかりだが、今度は公国の外務副大臣が代表として王国へ赴く。
 新たに使節団に選ばれた面々と情報交換を繰り返し、王家への進物を確認し、今回はディルクの王家入りに合わせて多数の官吏、騎士たちも王国へ赴くので、彼らの職務の引き継ぎも確認せねばならない。
 エイルリヒはまだ成人の儀を済ませていなかったが、今月でちょうど十五歳になった。長子であったディルクもいなくなったので、誰も憚ることなく、帰国した彼を次代の大公として扱い始めた。
 望むところだったが、次から次へと仕事が降ってくるので、ついにエイルリヒは弱音を吐いた。
「ティアナに会いたい……イーナは元気かな……」
 ペンを握ったまま机に突っ伏し、彼は王国にいる許嫁と、彼女にプレゼントしてきたメスの愛猫に思いを馳せる。イーナの弟であるもう一匹の愛猫・ヨルンが、机の縁に座ってゆらりと尻尾を振りながら、主人の様子を眺めていた。
「お前もイーナに会いたい? 付き合って貰って悪いですね。僕とティアナが再会出来るときが、お前とイーナも再会できるときなんて、ちょっと勝手でしたね」
 逃げ遅れたヨルンをがっちりと捕まえ、エイルリヒは彼を膝の上に乗せてふかふかした腹を撫でる。ヨルンは逃げないが、若干迷惑そうに尻尾をぶんぶんと振っている。
 柔らかい被毛の感触に癒やしを求めていたエイルリヒは、扉を叩く音に気の抜けた返事をした。
 どうせおやつを用意しに行ってくれた侍従のマティアスだろうと思ったが、部屋へ入って来たのは彼だけではなかった。
「ただいま、エイルリヒ!」
 お茶とお菓子を乗せたワゴンを押し退け、諸手を広げた若い女が飛び込んで来る。その大きな声に驚いたヨルンはエイルリヒの膝の上からさっと飛び出し、続く厄災を上手く避けた。今度逃げ遅れたのはエイルリヒだ。
 広い机越しに腕を伸ばしてエイルリヒの首を捕まえた女は、力任せに彼を自分の胸に抱き込んだ。そして彼がうぎゅっと呻いたのは無視して熱い抱擁を終えると、その頬や額、果ては唇にも雨のように口づけを繰り返す。
「ああもう、やめて下さい姉上!」
 どうにか女の腕を引き剥がし、エイルリヒは椅子から立ち上がって彼女と距離をとる。そしてごしごしと唇を拭った。
「ふふ、久しぶりだったからつい。少し背が伸びた? ……ああ、やっぱりほとんど変わってないかしらね」
「伸びましたよ! 伸びました! 用意してあった式典用の上着の丈、ちょっと直したんですからね!」

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