天槍のユニカ



幕間1(5)

 しかしテリエナの一件で、エリュゼはツェーザルを信用するのをやめたらしい。
 自分が身分を隠してユニカの傍に仕えるため協力してくれた侍従長だったが、彼はユニカに毒を盛ったり彼女を貶める謀略に協力するような侍女を西の宮へ送り込んできた。
 だからなにがなんでも自分の信用する者をユニカの傍に置きたかったのだろう。結局エリュゼが主張を押し通し、迎賓館から妹を連れ去っていったそうだ。
 エスピオナの“爪”を、近衛騎士ヴィクセルに渡しユニカの殺害を企てたのは、十中八九ツェーザルだろうとディルクは睨んでいた。彼は王が隠し持つ剣も同然の存在なので、直接糾弾することは出来ない。しかし、ユニカを害毒と見なしていた彼なら、ユニカを貶めようとする貴族に荷担する可能性があることも見越して、テリエナをユニカの傍へ送り込んだのかも知れない。
 残る侍女のリータとフラレイの身許も洗い直してみたが、どちらもユニカを有害視する貴族の名前に繋がりはなかった。彼女らはあのまま西の宮に置くとして、あとは警護の人員を選べばユニカの守りは固められる。
 ディルクは、公国の騎士たちの名が書き連ねられた紙の束を睨んでいた。しかし爽やかなお茶の香りに気づいて顔を上げる。
 ふわふわと春を先取りしたように浮かれた笑みで、カミルが食後のお茶を注いでくれていた。
「ありがとう」
 言ってやると、彼はいちいち照れて喜ぶ。
 ディルクがユニカに求婚した翌日、ようやく仕事に戻ってきた彼の顔からは、馬に蹴られた痣がすっかり消えていた。
 本格的に忙しくなる前に戻ってくることが出来てよかった、と喜び挨拶するカミルの後ろで、ティアナが舌打ちしていたのは本人に伝えていない。
「公国からいらっしゃる騎士の皆様の中には、殿下と顔なじみの方もいらっしゃるのでしょうか?」
「ああ、たくさんいるよ。グリーエネラ女公爵には申し訳ないな。春になればまたトルイユとの睨み合いが始まるだろうに、よくこれだけ俺に回してくれた」
「……睨み合いというのは、戦のお話ですか?」
 女のように情けなく声を震わせて、カミルは眉根を寄せた。彼は戦を知らない。
 微妙な均衡とはいえ、北辺を接するマルクエール王国、南辺を接するトルイユ国とは三十年の和平を保つシヴィロ王国。西にウゼロ公国を置き、東は海に面しているので、今のところ直接的に対立する敵がいない。国王ユグフェルトによる充実した内政のもとで、人々は平和を享受していた。
 しかしシヴィロ王国と密な友好関係を保つウゼロ公国は、状況がまったく違う。特に西部から南部の国境に沿って広がる金の鉱山地帯をめぐり、トルイユとは戦闘が絶えない。
 王政が崩壊した彼の国には大小の貴族連合が存在し、ウゼロ公国は同じ方向に複数の敵を抱えて戦争を続けている状態だった。
 その内、西部で最も有力だった勢力はディルクが叩き潰したものの、講和を結べど結べど、次に攻めてくるのはまた違う勢力だ。
 金を資金源にした経済力を背景に、ウゼロ公国はトルイユの侵攻を阻み続けている。しかしそれに対し、シヴィロ王国は戦力の援助を行っていない。送るのは兵士以外の物資だけだ。そしてトルイユ東部の貴族連合とは独自に和平を約束し、公国と同様の貿易を行っている。

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