天槍のユニカ



幕間1(2)

 彼はこの国の次の王。結婚は、王家と貴族を結びつける重要な政略となる。その価値がある妃候補の姫君は掃いて捨てるほどいるだろう。そしてその中に、ユニカの名前が含まれるはずはないのに。
「君は雪がすべて消える頃には、エルツェ公爵家の姫君だ。何も問題なんてない」
 指輪を突き返そうとしたユニカの手を握り、ディルクは立ち上がった。
 油断すればまた抱き寄せられてしまう。そんな予感があってユニカは一歩後退った。ディルクは苦笑する。そしてユニカの右手の甲に口づけ、まっすぐに彼女を見つめながら言った。
「返事は元日の朝に。この指輪と一緒に返して欲しい」
 元日、と、ユニカは力なく繰り返した。
 そして咄嗟に与えられた日数を数える。年が明けるまで、あと何日だ。冗談であれば良いのにと思いながら、ディルクの言葉には一片の冗句も混じっていないことに気づいてしまったが最後。
 他のすべての問題が後ろへ遠のき、目の前にはあと半月あまりの期限だけが横たわった。


 悪夢だ。
 ようやく眠れたと思えば先日の夢を見て目を覚まし、またほとんど眠れないまま朝を迎えてしまった。
 ユニカはベッドの上でのそのそと起き上がる。分厚いカーテンの縁にはうっすらと水色の光が射しており、日の出が近い刻限なのだと気づく。朝の訪れが随分早くなった。もうすぐ冬も終わりだ。
 三日後、シヴィロ王国は新たな年を迎える。そしてユニカは、ディルクに示された期日も同時に迎えることになる。
 いくら考えても答えは同じだった。王太子の求婚など受けられるはずがない。それ以外の答えは出てこないのに、何故自分はこうも悩んでいるのだろう。
 年の瀬を迎え、城内の忙しさは峠にある。ディルクも忙殺されているのか、あれ以来何の便りもなかった。それが却って彼の事を思い出させ、何をしていても彼に渡された指輪のことばかりが気になった。
 小さな箱に収め、ユニカはほとんど持ち歩くようにディルクの指輪を傍に置いていた。王家の身分を示すものだから無くすわけにはいかないという重圧もあり、目に届く所へ置いておかないと気が気でないのだ。
 思えば指輪を渡したのは、ユニカがディルクの求婚から目を逸らさないようにするための、謀だったのかも知れない。
 燭台の足下に置いた件の箱を見つめ、重たい溜め息を漏らす。今日を含め、あと三日。同じ答えを出しては悶々とする時間はまだ続く。
 せめてエリーアスが来てくれればと思う。まさかこの話を打ち明けるわけにはいかないものの、彼と他愛ない話が出来れば気が紛れたはずなのに。

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