天槍のユニカ



閉じる嘘の空(2)

「報告書には、近衛騎士ヴィクセル・ダウムが“短剣”にてユニカを襲撃――と書きましたが、短剣とはこれのことです。これは見ての通り、エスピオナが用いる“爪”。本来なら騎士が持っているものではありません。更に言えば、王家のエスピオナが用いる“爪”に特徴が酷似しているそうです。まずはツェーザルに確認させたいのですが」
 王に付き従ってやって来た侍官は、東屋の外でふと顔を上げた。ティアナを手伝い、昼食のパイを切り分けていたところだった。
「ツェーザル、これへ」
 はい、と落ち着いた声音で侍官の青年は返事をした。彼はまだ三十路に届かないながらも、王族の生活を把握・管理し、すべての侍官を束ねる侍従長だ。そして同時に、侍官の中に紛れ込ませた王家のエスピオナを束ねる長でもある。
 ゆるりと東屋へ登ってきた彼は、一礼してテーブルの真ん中にあった“爪”を手に取った。
「確かに、我々が用いる“爪”でしょう。背の返し刃の形状、毒の溝の切り方も同じでございます」
 しばらく刃物を手の上で転がして見たあと、ツェーザルはにこりと微笑みながらそう言った。
「つまりこれは、王家のエスピオナから近衛騎士ヴィクセルの手に渡ったものということで間違いないようですね。誰かが介在していたかどうかまでは確認できませんが、これがヴィクセルの手元に届くよう計らった者はチーゼルの策略を知った上でそれを利用し、ユニカを殺害しようとしていました。そこで次に確認したいのは、これが陛下のご命令であるか否かということです」
 ディルクの言葉にぎょっと目を瞠り、ユニカは王を見つめた。
 そうか、“爪”が王家のエスピオナのものであるならば、彼らに命を下せるのは主君である王のみ。捕らえたユニカを臣下の策謀を隠れ蓑に殺せと――あり得る話かも知れない。
 ユニカは王を憎んでいる。それはお互いに諒解し合っていることだった。そして王は、自分の治世を終え次第、ユニカに殺されてくれるという。
 彼にその約束を反故にするつもりがあるのだとしたら簡単だ。ユニカを殺せばいい。いくらユニカが強靱な命の持ち主でも、身動きを封じて首でも刎ねればさすがに死ぬだろう。このエルメンヒルデ城は彼のもの。ユニカを殺す方法はごまんと用意できる。
 ユニカは唇を噛んで王の横顔を睨め付けた。
 彼に殺されるかも知れないという危惧は、抱いたことが無かったわけではない。けれどユニカを王城に連れてきたクレスツェンツが、常にユニカのことを気に掛けるという形で王を牽制していたのは知っていたし、ユニカは王の命を一度救った――はずだ。そして今日に至るまでも彼が求めるユニカの血と引き替えに、王城で“その時”を待つことを許す。そういう約束だった。
 しかし彼は必要に応じてあらゆるものを淡々と棄てる。そういう王なのだ。ユニカとの約束も政事の障害になると判断したのだとしたら。
 王とユニカの間で緩衝地帯の役割を果たしていた王妃はもういない。むき出しで敵対している二人の間にあるのはその約束だけだ。
(それが無くなるというのなら、今すぐにだって……)

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