天槍のユニカ



軋む梯の上で(1)

第五話 軋む梯の上で


 当代のシヴィロ国王と、昨年亡くなった王妃との間に生まれた唯一の王子、クヴェン・サンベント・ニグブル。
 彼に殺害された可能性が出てきたとなれば、そこに政治的な思惑が絡まないはずがない。たった一人の世継ぎであった彼の死によって、最も利益を被る者は誰だろうか。
 問うまでもない気がした。
(俺だな……)
 公国においては、眠れる獅子であるしかなかった大公の長子。十数年ぶりになる隣国との大規模な会戦で勝利を収めながら、騎士号も将軍位も総督の椅子も取り上げられた哀れな子。それがディルクだった。
 クヴェン王子が事故死したという報せが届くまで、彼は文字通り惰眠を貪るように過ごしてきた。ただ一瞬を、すべてを歪ませた女の首に牙を突き立てる瞬間だけを夢見ながら。
 しかし所詮は夢で、その憎しみは気怠い日々の眠りの中に浮かぶ、実態のない幻だった。
 憎しみの幻影は、眠りながらでも生きる気力をディルクに与えた。けれど幻影を喰らって生きているようでは、確かな血肉で出来たこの身体もいずれは朽ちてゆく。
 ただ憎んでいるだけでは意味も無い。殺したいのなら殺しに行けばいい。それをしないのだから、やはり自分はこのまま目覚めず、いつの間にか眠りの内に死を迎えるのだろう。
 そんなディルクを呼び覚ましたのは、エイルリヒだった。



 とは言え、ディルク自身にクヴェン王子の殺害に関わった覚えも、また指示した覚えも無い。あの日ディルクのもとを訪れたエイルリヒも、王子の死は予想もしていなかった幸運だと言っていた。勘でしかないが、嘘ではないと思う。大公家が王家に手を出したわけではなさそうだ。
 だとしたら、誰が?
 シヴィロ王家、ウゼロ大公家において、次の君主になるべき人物の名は厳格な序列でもって管理されている。当代のシヴィロ国王の場合、後継候補の第一位は実子のクヴェン王子、第二位は大公家の長子であったディルク、その下にエイルリヒ、王家に血筋の近い公爵家の子――という風に、明確な番号が振られている。
 クヴェン王子が死ねば、次に世継ぎとして迎えられるのはディルクだと決まっていた。この序列は容易には覆らない。
 もし何らかの意志を持った誰かがクヴェン王子を暗殺したのだとすれば、その目的は明確である。ディルクをシヴィロ王国の世継ぎにしたかったのだ。
 目的から考えれば、クヴェン王子を暗殺した者の名は絞ることが出来た。
 ただしこれは、クヴェン王子が“事故死ではなく殺された”のだという前提があっての話だ。
 真相を確かめるのは、最早不可能に近かった。王子の死について再調査を命じはしたが、事件の直接の関係者は、責任を問われほとんどが手討ちになっていた。生き残っているのは、王子が死んだあの日、彼が馬場へ行くのを止められなかった侍従のカミルくらいだ。

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