天槍のユニカ



ゆきどけの音(10)

 どちらにせよ、導主が言ってくれたその言葉は、今日まで実現していない。
 恐る恐るきれいに巻かれていた羊皮紙を開くと、一番上に書かれていた宛名は二つ。
 『アヒムの可愛い娘』『ユニカ・リーゼリテ・ニグブル殿下へ』。
 エリーアスが教えたのだろう、まだ大きく公表されていないユニカの三つ名――王族としての名前より先に書かれている宛名をそっと撫で、ユニカは涙が溢れそうになるのを堪えた。
 養父が、繋げてくれる人たちがいる。
 そして彼らは、みんなこの狭い宮の外で待っているのだ。



**********

 翌朝、エリュゼがユニカの部屋へやって来ると、珍しいことに彼女は既に起床していた。それどころか、リータとフラレイが朝食の世話をしているところだった。
 ユニカなら、まだ絶対に寝ている時間だろうと思ってきたので、エリュゼは大きく目を瞬かせる。
 エリュゼも王太子の命令で強制的に引っ越しをさせられていた。これまで暮らしていた侍官の宿舎から、王城に貴族当主が滞在するための議員宿舎へと。当然侍女のようにユニカの世話をするのは禁じられ、城内を歩くときはプラネルト伯爵家の紋章を身につけるように命じられた。これは仕方がない。今までは侍官として城の中を通行してきたが、それが駄目ならば伯爵という身分を示すしかない。
 ただし若い女で貴族の当主といえば即ちプラネルト伯爵、という話は方々に通っているようで、つい先日まで侍女の顔をして同じ門を通っていた彼女がまさか、という視線に晒されるのは居心地が悪かった。そしてもう一つ気がかりは、現在ユニカのもとに残っている侍女はあのリータとフラレイだけということだ。ユニカを起床させて顔を洗わせたり着替えさせたり朝食を食べさせることなど、出来るはずがないではないか! 今日は午前中から仕立屋を呼び、年始の行事に必要なユニカのドレスを数着、大至急作らねばならないというのに……。
「おはよう」
 眠たそうだし、いつものように寝起きで機嫌はよろしくないようだが、起床していたばかりかユニカの方からそう言ってきたので、エリュゼは更に驚いた。
「おはようございます。昨晩はよくお休みになれたようですね。いつもに比べて随分、お早いお目覚めで……」
「そうでもないわ。ベッドが広すぎて……たまたま目が覚めただけよ」
 そう言いながらも蜂蜜漬けの林檎が入ったヨーグルトを食べ終えると、彼女は立ち上がって寝室の方をちらりと見た。
「顔は洗ったのよ」

- 448 -


[しおりをはさむ]