天槍のユニカ



ゆきどけの音(5)

「私だって公の身分なんて持っていないし、王妃さまのお仕事を継ぐなんて了承した覚えはないのよ」
「それでも王妃さまが、そう言い遺してゆかれたのです。待っている者は、待っています。ユニカ様が施療院においで下さるのを」
 負けじと食い下がるエリュゼの言葉に、ユニカは大きく目を瞠る。
「どういうこと?」
「公爵夫人も、アマリアの施療院を預かる導師オーラフ様も、王妃さまの思いをご存じですわ。そして歓迎なさっています」
「ど、どうして……」
「王妃さまが、特に信頼の置けるお二人にはずっとユニカ様の話をしていらしたからです。オーラフ様はご養父のアヒム様のこともご存じですし、公爵夫人は、ユニカ様の“ご事情”故、施療院をまとめてゆくのに相応しいだろうと仰っています」
 養父の名を聞き、ユニカは息を呑んだ。養父のことを知り、また王妃とともに働いてきた彼らが、ユニカの事情もよく知っていることに驚く。
 自分は王城の中の異物。誰にも存在を認められていない、いてはならない、いないも同然の異物。悪しき関心以外を集めていないものだと思いこんでいたが、そうではなかったのかも知れない。
 クレスツェンツに、何度か施療院の視察へ同行しないかと誘われたことがある。ユニカは一度も頷かず、長く王城の内郭から出ようとはしなかった。彼女は夫人や導師に、ユニカを引き合わせようとしていたということか。その度に叶わず、残念そうに彼らにユニカを連れ出せなかったと報告している王妃の姿が思い浮かんだ。
「だからって、」
 王妃亡き後の施療院の中心人物たちが何と言っていようが、ユニカが了解した覚えはない。それに、一時的に王族の身分を与えられていたといっても、たったそれだけのことでユニカが王家と施療院のパイプ役になるなんて無理だ。エリュゼは、西の宮の一等の部屋に宿る権威をユニカに被せたいようだが、ユニカにそんなつもりがそもそも無いどころか、王を憎んでさえいる。
 しかしこれ以上反論を口にしたくなかった。言葉で二人目の親の願いを拒否するのが嫌だった。
 エリーアスもクレスツェンツも、エリュゼや施療院に関わる人々も、何もユニカに望まないでくれれば楽なのに。そうすれば拒まなくて済むのに。
「お気持ちが、定まらないのはよく分かります。こんなに早く王妃さまがお亡くなりになるとは誰も思っておりませんでした。本当ならもっと時間をかけて、ユニカ様に施療院のことを知っていただければ良かったのです。しかし今はそうもいきません。王妃さまがいらっしゃらなくなってから一年あまり、皆よく働いていますが……今のままでは、施療院は退化の一途をたどるばかりです」
「……何故?」
 興味なんて無い。関わるつもりもない。けれどエリュゼの声音が切羽詰まっていたので、ユニカは顔を背けながらも思わず訊ねた。

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