天槍のユニカ



『娘』の真偽(2)

 石像に寄りかかっていた女は、くずおれるすんでのところで駆け寄ったディルクが抱きとめた。
「しっかりしろ、聞こえるか!」
 うつ伏せに倒れかけていた彼女の身体を仰向けに抱え直し、その顔にかかっていた黒髪を払うと、血のにおいの中にふわりと覚えのある香りが漂う。
「兄上」
 遅れて駆けつけたエイルリヒは、胸から腰まで血に染まった娘のドレスを見てあからさまに顔を顰めた。
「もしかして、死んでます?」
「いや、だが……」
 ディルクの衣服にも染み込みながら、おびただしい量の血が娘から流れ出ていた。左胸の肩に近いところに一カ所。腹と、腰か背にも刺し傷があるようだ。これでは到底――
「まずいな、彼女≠セ」
「彼女? まさか、」
「ユニカ様……っ」
 雪のないところを回って駆け寄ってきたフラレイが、血の染みた赤い雪の絨毯を見て思わず叫んだ。ディルク達に視線を向けられて彼女は気まずそうに後退り、そして誤魔化すように倒れていた同僚の許へ駆け寄る。
「まさか、嘘ですよね」
「ストールの落とし主だよ」
「なっ、ちょっと待って、死にそうじゃありませんか? この人……!」
「彼女が本物なら、死なないんだろう」
 フラレイと一緒にやって来たティアナはディルクの傍に跪き、ぐったりしているユニカの鼻先に耳を寄せてみる。かすかに呼気を感じると、次は左胸の上にある傷の側に触れる。ドレスの生地が血でぬめった。
「ティアナ?」
「……」
 しかし、血は止まっている気がした。ディルクに問われてもティアナは黙ったまま傷口を見つめる。そしてやや置いてからリータを抱えてきた兵士たちを振り返った。
「あなた方はそのままリータさんを医官のところへ運んでください。父も詰めているはずだわ。刺傷三カ所の怪我人がいるから、大至急縫合の準備をして西の宮へ来るように伝えて――」

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