天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(9)

「殿下はお怪我が重くてお見舞いには来られないそうですが、とてもユニカ様のことを気にかけていらっしゃるんですって。ユニカ様、一度ユニカ様の方から殿下のお見舞いに伺っては如何ですか? そうすればきっと殿下もご安心なさって、お怪我も早く良くなりますわ」
 ティアナの話によれば、きっとユニカの訪問を王太子は喜んでくれるはずだ。ユニカだって彼の事を心配しているだろう。自分の提案は、きっと双方にとって良い話だと思う。我ながら良いことを思いついた、と口許を弛めていたフラレイは、ユニカのまとう空気が凍り付いていることにようやく気がついた。
「殿下が怪我をなさった経緯、あなたは何故知っているの?」
「今、殿下の侍女のティアナに聞いて……。大変でしたね、武器を持った兵士が議場に入ってくるなんて、想像しただけで恐ろしいです。殿下のお怪我はユニカ様を庇ってのことだって――」
「私のせいだとでも言いたいの」
「え? ち、違います! ユニカ様にお怪我が無くて良かったなって、殿下がユニカ様のことを心配していらっしゃるなら、お顔を見せて差し上げれば良いのにって、そう思っただけで……」
 何故こんなに怒るのだろう。フラレイにはわけが分からない。
 フラレイから顔を背けたユニカは、ノートの上でぐっと拳を握りしめていた。かと思えばノートを閉じて抱え、席を立つ。寝室に籠もるようだ。彼女が機嫌を損ねた時のお得意の技だった。
 バタン、と荒々しくドアが閉じられると、首を竦めていたフラレイは途端に緊張を解いた。同時に目頭が熱くなってくる。
「フラレイ、議場で何があったのか知っていても、あなたが口を挟むことではなくってよ。わたしたちの仕事は王家の方々のお世話。ユニカ様のなさることに意見を言ってはいけないわ」
 泣きそうに顔を歪めたフラレイに、すかさずクリスタが寄り添って目許を拭いてくれた。彼女は王太子の入城に合わせて侍女になったばかりだそうだが、フラレイにとってはすっかり優しい先輩だった。
「だってティアナさんが、殿下がユニカ様に会いたがっていると言うんだもの。ユニカ様だって、殿下に助けて頂いたなら御礼を言いに行けば良いのに……」
「そう思っても口には出さないの」
「気がついたことを言って差し上げるのもいけないの?」
 そうよ、と頷くクリスタにこんな顔を向けてもどうしようもないのは分かっているが、フラレイはむすっと唇を尖らせた。
「それにしても、議場ではそんな大変なことになっていたのね。……今朝ご用意したお衣裳と何か関係があるのかしら」
「衣裳?」
 ユニカが青い顔をしてエリュゼらに連れられ、部屋へ戻ってきたときのことを思い出してみる。どんなドレスを着ていたっけ。濃い青色だったのは何となく覚えているが、ユニカはああいう地味な色のドレスが好きなのでいつものことだとフラレイは思っていた。ああしかし、真珠が散りばめられていていつもよりちょっと華やかだな、と思った記憶もある。

- 420 -


[しおりをはさむ]