天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(6)

「日程はおいおい決めよう。年が明けてからになるだろうな。どうせ公爵のところにも行かなくちゃならないんだぞ。そのついででいい」
「待って、私は……」
「グレディ教会堂にはアヒムの知り合いもたくさんいる。そういうところからでいいから、お前も人に慣れていかないと。教会の中の方が、貴族連中の真っ直中に放り込まれるよりはましだと思うぜ。だからくどいのは分かってるんだけどな、」
 エリーアスは口を開きかけていたユニカの頭を、押さえつけるようにもう一度撫で、そして彼は急に表情を改めた。
「城を出たくなったら、いつでも迎えに来てやる」
 静かで、けれども強い意志の籠もった眼差しにユニカはどきりとした。何気なく受け流してよい雰囲気ではなくて、視線を逸らすこともできなくて、ただ唇を薄く開いたまま返す言葉を探す。
 王との約束を忘れて、王妃の願いも知らなかったことにして、城を降り、かつて暮らしていたような小さな村で暮らす。それがとても強い誘惑であるのは確かだった。そうできるのが一番いい。でも、そうして一緒に過ごしたい人々は既にこの世にいないし、本当のことを、ユニカが知っている限りのあの日のことを秘密にしたまま、エリーアスと一緒にいるのは絶対に無理だ。
 何度言われても、答えは変わらないし、変えられない。エリーアスの優しさを振り払うのは心苦しいけれど、何度でもそれを突っぱねなくてはならない。こんなことをしていては、いずれ彼にも見放されそうだな、という不安がちらりと過ぎる。それでも、ユニカが選んだのはそういう道だ。誰も、ユニカ自身すら幸せになることがない道。
「エリー、」
「分かってるよ、城を出るつもりはないんだろ。気持ちが変わったらいつでも言え、ってことだ」
 ユニカの思い詰めた表情に苦笑し、エリーアスは肩を竦めた。
「止めやしない……でも、それ以外の道を考えてもいいんじゃないかって、お前よりは大人な俺から言っておくな。いくらでも付き合ってやる。城の外にユニカが歩きたいと思う道があるなら」
 いつもの、少年っぽさが消えない笑みでそう言うと、エリーアスは屈み込んでユニカの額にキスをした。



 ティアナと別れてユニカの部屋へ戻ると、フラレイと入れ違うようにエルツェ公爵、そしてエリュゼが出てきた。公爵はまるで侍女がいることに気づきもしなかったようにフラレイの前を通り過ぎたが、エリュゼは立ち止まって半ば睨むように見つめてくる。
「ユニカ様のお世話をしっかり頼みますよ」
「はい」
 数日前まで同僚、いや、ユニカの傍に仕え始めたのはフラレイの方が先なので、エリュゼは年上だが後輩と言ってもよかったかも知れない。しかしユニカの侍女の中では一番よく仕事ができ、要領よくフラレイたちに指示をくれたので、そのエリュゼが彼女たちのリーダーだったことは間違いなかった。

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