天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(4)

「だから、アヒムと王妃さまはただの友人だったし、あいつが仲良くしてたのは女ばっかりじゃないだろう。なんでもかんでも色事に結びつけて考えるなこの色ぼけ貴族」
「最後のは、私に向けて言ったのか、伝師殿」
「間違ってはいないと思いますがね」
「口が過ぎると、君の師父にご迷惑が掛かることになるよ」
「やってみろ。教会に手を出したら、泣くのはあんたのご家臣方だぜ」
 エリーアスがユニカに代わって公爵に反撃してくれたらしい、というところまではユニカも理解できた。しかしこの雰囲気はまずい。エリーアスが喧嘩っ早いのはいつものことだが、公爵の表情にもいつもの芝居めいた胡散臭さがなかった。ユニカの胸に渦巻いていた公爵に対する不快感と怒りが、そっと引いていくほど辺りが急に寒くなる。
 火花を散らす二人の間に入ってくれたのは、狼狽えながらも様子を見守っていたエリュゼだった。
「こ、公。わたくしどもはそろそろおいとまいたしましょう。ここは王太子殿下のお住まいですが、訪問する許可は頂いておりませんわ。ユニカ様も落ち着かれたことです。不必要に滞在時間を延ばしては、後々お咎めを受けます」
「うむ。まぁそうだね」
 エリーアスを冷ややかに見つめていた公爵だったが、エリュゼにそう言われるとけろりと表情を変えた。怒っていたのも演技だったのではと思えてしまうほどあっさりと、彼はエリーアスから興味を失ったようで、エリュゼより先に席を立った。
「年が明けたら、一度屋敷へ来てもらうよ。形だけでもね、君は私の養女となるわけだから。私を『お父さま』と呼ぶ練習でもしておきなさい」
 エルツェ公爵はユニカに向かってそう言い残すと、もう一度だけちらりとエリーアスに視線をくれて踵を返す。言われたことについては、しっかりと根に持っておくぞと言わんばかりだが、この場ではもうどうこう言わないつもりらしい。
「おお寒い。帰って風呂に浸からねば」
 廊下へ続く扉を開けるなり、役者が台詞を読むような大仰さでそう言って、彼は立ち去ってしまう。エリュゼも慌てて公爵の後を追わねばならず、ユニカとエリーアスにお辞儀をしていくくらいの暇しかなかった。プラネルト伯爵家はエルツェ公爵家の分家。宗家の当主に付き従って行動するのが礼儀らしい。
「絶対に無理だわ……」
 彼らがいなくなると、ユニカは呆然としながら呟く。言わずもがな、公爵を『お父さま』と呼ぶことである。
「アヒムのことも呼べてなかったのになぁ」
 そう言われると胸に刺さるものがあるが、目下の問題はあの公爵と縁を結ばなくてはならないという事実だ。ユニカは彼のことが嫌いだ、大嫌いである。クレスツェンツに紹介されたその日から嫌いだ。
 公爵は、養父の悪口を言うのだ。クレスツェンツの前でも憚ることがなく、妹がぷんぷんしていても、養父のことを悪く言わずにはいられなかったようだ。彼の心配はエリーアスが否定する通りなのに、いったい何が気にくわないのか。
 彼との縁組みなど冗談ではないが、回避できることでもない……。

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