天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(3)

「歳を問わず女性を誑かすのが上手だったのだなぁ、彼は」
 温かい気持ちに浸りかけていたユニカは、向かいから聞こえてきたエルツェ公爵の言葉にぴくりと眉間を震わせる。何も言わないが、彼女はお茶を啜る公爵を上目遣いで睨んだ。
「なんだね」
 その視線に気がついた彼は、クレスツェンツと同じ暗い色の赤毛を掻き上げてから首を傾げる。ユニカはやはり何も言わず、ついと顔を背けた。
「君は相変わらずだね? 国王陛下や王太子殿下から、今後のお話は聞いているだろう? 私が王家を追い出されたあとの君を引き取ることになっているんだよ。ありがとうございますとかよろしくお願いしますとか、そういう言葉をまだ聞いていない気がするのだけど?」
「そうは言っても形ばかりでしょう、エルツェ公。王家からは、何かご褒美も頂いているはずだ。例えば公の代で三つ名を名乗れるのは最後ですが、一時とは言え王族になったユニカを養女に出来るのです。ユニカの兄弟ということになる公のご子息が三つ名でないのは少々体裁が悪い……ゆえにご子息にも三つ名を名乗ることが許される、とか」
「それもご褒美の一つではあるけれど……ところで君は誰だい? 教会の方」
 突然割って入ってきたエリーアスの声色は、なんだか嫌味な笑いを含んでいた。ユニカには言っていることが今ひとつ理解できなかったが、エルツェ公爵がわずかに不愉快そうな目をしたので胸がすっとする。
「パウル・グラウン導主付きの伝師ですが」
「ああ、何となく聞いたよ。審問会に戸籍証書を提出しに来たんだろう? それがどうしてこの無愛想なお姫様と一緒に? 待てよ。伝師? もしかして、妹に彼からの恋文を届けるなんて余計な真似をしていた伝師かね」
「恋文ではありません、ただの近況報告と我が子の自慢話を書き連ねた他愛のない友人同士の手紙です。アヒムも王妃さまも、そんなふしだらな真似はしない」
「中身がどうあれ周りの目があることを考えて欲しかったね。なるほど君がね、妹の言っていた便利屋さんか」
「ええまったく、王妃さまには大変お世話になりました。なんでも利用しようという狡賢いところは、さすが公の妹君でいらっしゃった。ただ王妃さまは、聞いて嫌な思いをする人間がいる場所で、あからさまに悪口を叩く真似はなさいませんでしたよ」
「悪口? 誰が、誰の悪口を言っていたって?」
 少しはらはらする応酬の末、エルツェ公爵は子供のように目を丸くして、また首を傾げる。ユニカに睨み付けられた理由も、エリーアスが言わんとすることも、本当に分からないらしい。いやもしかしたら演技なのかも知れないが、惚けているようには見えない。
「あんたが、アヒムの、悪口を」
 エリーアスが鼻白む。けれど公爵は肩を竦めて笑った。
「女性を誑かすのが巧いって話かい? 悪口ではない。本当のことだもの。人妻に、それも国王陛下に輿入れした妹にいつまでもべたべたとつきまとって、やっと故郷に帰って私の視界から消えてくれたと思ったら、ひっきりなしに手紙が届くじゃないか。施療院の医女たちとも仲が良かったし、イシュテン伯爵の娘なんて、彼が都にいた頃といったらまだ七つか八つの子供だよ」

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