天槍のユニカ



蝶の羽ばたき(11)

「ありがとう、助かりました」
「いいえ、どういたしまして。ところで、あのー……一介の侍女が気にすることではないとは思うのですけど、ドンジョンで、何かあったのですか?」
 遠慮しているつもりのようだが、フラレイの目は期待でいっぱいだ。ティアナは態と眉根を寄せて見せた。話しにくいことであると顔に出してみる。
「あ! ユニカ様、なのですけど、お怪我はなさっていないようなのに、何故かとてもお元気がなくて、恐ろしい思いをなさったとか、王太子殿下が怪我をなさったとか、聞いて少し、気になったものですから……」
 するとフラレイは慌てて取り繕った。こんな程度では普段のティアナが口を割るはずもないが、今日の場合は主に命じられた“お使い”である。フラレイには、何があったかしっかり教えてやらねばならない。
「実は、チーゼル外務卿が審問会の議場に兵を引き入れユニカ様を襲撃なさったそうで……」
「ええっ!?」
「しっ」
 ティアナが嗜めるとフラレイは慌てて口を覆った。悲鳴のような声をあげたが、彼女の目はきらきらしている。
「わたくしも、どのような状況であったか詳しくは存じませんの。ですがユニカ様を庇って、殿下が矢傷を……」
「そ、それで公爵様は殿下のご心配を? 本当に、大事ないのですか?」
「ええ、ご容態は安定しておりますから。ですが、数日は起き上がることもお出来にならないでしょう。ユニカ様のご様子を気にかけていらっしゃるのですけれど、とてもお見舞いに伺うことは叶わないのが、お気の毒なのです……」
「そうなのですか」
 ティアナがハンカチを出して目許を押さえ、涙を堪える振りをすると、相槌を打つフラレイの声も心なしか震えた。
「ユニカ様のお元気なお顔を見ることが出来れば、殿下は何よりご安心下さるのでしょうけど、何しろ今は……」
「ご無理をなさるのはいけませんわ。もし傷がお悪くなったりしたら大変です!」
「もちろんです。ですから殿下のお気持ちはわたくしどもがお慰めして、ご養生にお努め下さるようお願いいたします。ですが、また殿下の強いご希望で、わたくしが代理としてお見舞いに伺うこともあろうかと思います」
「はい、ユニカ様にもお伝えしておきますね」
「是非とも。それでは、わたくしはこれで……」
 踵を返したティアナは、フラレイがじっと見送ってくれているのを感じながら、涙を拭う仕草をした。殿下のお気持ちを慮ると泣けてくるわ、という演技である。勿論涙など出ていない。
 アヒムに書いて貰った、あの教科書を貸し出すことだけは少し躊躇われたが、ユニカの気を引くためには仕方あるまいと、ティアナは割り切る。

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