天槍のユニカ



蝶の羽ばたき(6)

(上手くはいったが、予定より重傷だな……)
 痛みを堪えつつ首を動かすと、今し方脱いだ自分の衣服に混じって、血のついた鎖帷子がベッドの縁に引っかかっているのが見えた。乱闘になることは予想できていたので、念のため着込んでおいたのは正解だった。
 弩は、本来強力なばねを利用した長距離射撃用の武器だ。そんな武器をチーゼルの一派が用いたのは、ディルクが捕らえずに泳がせておいた一派の兵士が、弩弓の武器庫番に当たっていたからだった。他から剣や槍を調達できなかったので、その兵士が手引きし、弩を盗んだのだ。
 かすり傷を負う程度で良かったのだが、あれほどの近距離で照準を合わせられればユニカかディルクに矢が中らないはずもなく、さすがにまずいと思ってユニカごと床に伏せてみたが、結局避けきれなかった。
 鎖帷子を着ていたおかげで、望んでいたとおりの「王族の負傷」という結果に留めることが出来たが、至近距離から弩で射られたのだから、いくら防具を着けていても、矢が腸を破り身体を貫いたって少しも驚けない。距離、角度、ディルクの避け方、色々な要因が重なって、運良く怪我に留められただけだ。
 飛び道具ではなく、彼らが槍を調達できるように計らっておかなかったのは自分の詰めの甘さだな、とディルクは反省する。
 そうすることで、思考を痛みと別の方向に持って行くのにディルクは必死だった。
「さて、終わりましたぞ」
 ぷちん、と糸を切る感触が傷口に響いた次の瞬間、イシュテン伯爵はもう一度縫い合わせた場所を火酒で拭いた。油断しきっていたディルクは、なんとか悲鳴を堪えてその痛みをやり過ごす。
 どうも伯爵は、ディルクが自分で矢を抜くなどという無茶を働いたことが、医師として気にくわないらしい。いつも通りの穏やかな表情で、彼はそんなことを口にも出さないが。
「では、陛下のお手当に参ります」
「……頼む」
 ディルクは、王家の主治医が立ち去るのを待ってからようやく起き上がった。目眩を堪えてなんとか座ると、包帯と薬を持ってティアナが寝室へ入ってくる。残りの手当を父親から引き継いだ彼女は、薬包と水をディルクに差し出し、主がそれを飲んでいる間に傷口に薬を塗って布を当て、ディルクの胴に包帯を巻き付けていった。
「陛下のお怪我はどんな具合だ」
「額に小さな瘤をお作りになった程度でございます」
「そうか」
 それはもしかすると、いやもしかしなくても、俺が陛下の頭を卓上に押さえつけた時か、急いで机の下に押し込ませて頂いた時にぶつけた傷だな、と思わなくもないディルクだったが、その辺の罪もチーゼルに問うことにする。そもそも、王族の席に向けて矢を放ったのだから、王や王太子に危険が及ぶことなど承知しているに決まっている。

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