天槍のユニカ



蝶の羽ばたき(2)

 そこから先は、きっと昔の夢に囚われて泣き叫んでいたのだろう。だから喉がこんなに嗄れている。そんなユニカを、エリーアスはこの部屋まで引きずってきてくれたのだ。
 エリーアスと彼の従者の少年僧しかいなかったが、ユニカは恥ずかしくて堪らなくなった。苦し紛れに自分から話を切り出してみる。
「議場はどうなったの?」
「よく分からん。すぐ逃げてきたからな。だけどあの近衛騎士の数、初めから用意してなきゃ、いくら国王の居所だからってすぐには駆けつけられないぞ」
「どういうこと?」
「王太子は、ものすごく準備の良い奴ってことだよ」
 曖昧に相槌を打ちながら、ユニカは更に水を飲んだ。エリーアスは何やら皮肉っぽく言っているが、ユニカには意味が分からない。王太子が近衛隊を指揮して王の身辺を守る用意をしているのは、当たり前のことではないのか。
 最初は気がつかなかったが、水にはレモンが絞って入れてあるようで、爽やかな酸味が徐々に心を解してくれる。
「エリュゼは? 議場から逃げ出せていた?」
「議員たちなんか、乗り込んできた兵士と入れ替わりで真っ先に正面の扉から逃げてたぞ。エリュゼならエルツェ公爵が引っ張って行ったのは見たし、大丈夫だろ。というかな、あいつら王族の盾になろうとか思わないのかね。一目散に王族に背中向けて席を離れるもんだから、連中の利己主義には心底呆れるね」
 エリーアスは、ユニカが水を飲み終えたグラスを従者に預ける。自分にも水を持ってくるように命じて、ぐったりしながらユニカの隣でソファに背中を預け沈み込んだ。
「エリーは、どこも怪我していないのね?」
「まったく無事だ。ユニカこそ大丈夫なのか? 矢がティアラに中ってただろ」
「……落としてきちゃった」
「ばか、冠の心配をしてるんじゃない」
 そう言うと、エリーアスはぐしゃぐしゃとユニカの頭を撫でた。綺麗に結い上げられていたはずの髪はもうすっかり乱れていたが、エリーアスの手つきの乱暴さは少々気になる。彼の手を払って、ユニカは髪を解き始めた。
 普段こんな髪型をしないので、紐で縛ったりピンがたくさん挿したりしてあるようだが、少しも構造が分からない。加えて、卓上で踏みつけられた肩が痛み、上手く腕を上げていられなかった。それを悟られたくないユニカは、諦めた振りをして手を下ろした。
「なんだ、やめたのか」
「どうなっているのか分からないもの。エリュゼに取って貰うわ」
 しかし彼女は、実はユニカの侍女ではなく王の直臣だ。こんなことを頼んで良いのだろうか、という疑問がちらりと浮かぶ。
「どれ、俺がやってやる。にしても、エリュゼにはお前がここにいることを知らせてやった方が良いかも知れないな。水はそこに置いてくれ。プラネルト伯爵を探してこい。緑色のサッシュを着けてる金髪の若い娘だ。分かるな?」
「はい」

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