天槍のユニカ



盤上の踊り(16)

 背景がどうあれ、ユニカは数百の民の命を奪い、なんの裁きを受けることもなく、王家に守られ今日まで暮らしてきた。それは事実だ。彼女の苦悩や痛みや孤独など、廷臣たちの知るところではない。
 チーゼル卿の言葉を合図に、ユニカが右手に見下ろす位置にある議場の扉を封鎖していた近衛兵が弩を構える。
 誰より早く気がついたのは、その手前の証人席に座っていたエリーアスだ。
「伏せろユニカ!!」
 彼が叫ぶのと同時に弦が弾ける。放たれた矢はびゅっと不気味な唸り声を上げ、王族の席へ向けて飛んだ。しかしユニカが避けるまでもなく、矢は身を竦めた彼女を反れて王の後ろにある天秤のレリーフに突き刺さった。
「魔女に死を!」
 咄嗟に王の頭を押さえつけ自分も卓上に伏せていたディルクには、誰が叫んだのかを確認できなかった。
 悲鳴をあげる議員がいる。封鎖されていた議場の扉は内側から開け放たれ、次にディルクが顔を上げると、なだれを打って剣と弩を掲げた兵士が議場に押し入っていた。
 ざっと目算する。三十、いるかどうか。
 想定より少ない。
 多くの廷臣にとってユニカは罪人であり、不穏分子だ。王家のために彼女を排除しようという考えは至ってまっとう。それはディルクも認める。
 しかし彼女を手に入れたいディルクにとって、それは容認できないのだ。
「ラヒアック!!」
 議場の出入り口は三カ所ある。正面の大扉、東西の脇にある小扉だ。西扉の前では、ユニカに向けて弩を放った近衛兵にエリーアスが飛びかかり、すでにそれを押さえ込んでいた。
 一方、ディルクの号令で反対の東扉が開き、抜剣した近衛騎士たちがラヒアックを先頭に駆け込んできた。
「制圧せよ!」
 ユニカを排除しようとする者たちの気勢を殺ぐため、ディルクは彼らにある機会を与えた。
 追い詰められた彼らが、ユニカを殺す最後の機会。
 手駒を摘まれ、いつ捕縛されてもおかしくない証拠を握られていても、王家に捧げる忠誠心のために彼らは必ずユニカを殺しにやって来る。審問会という公の場所で彼女を粛正することで、自分たちの忠義を果たすために。

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