天槍のユニカ



いてはならぬ者(15)

「大して面白くなかったよ」
 ディルクは上着のポケットから布を取り出し、テーブルの上に放り投げた。
「ティアナ、これは本当に眠り薬か? 眠ったというより昏倒したように見えたぞ」
「簡単に申し上げると、眠り薬なのですわ」
 布を自分のハンカチで包み回収しながら、彼女は私情を排した事務的な微笑みを浮かべた。
「意識が戻ってもしばらくは朦朧としているはずです。殿下とお会いした記憶もうんと曖昧になります。ご心配なさらなくても四、五日で全快いたしますわ」
 布をティーセットのワゴンに隠すと、彼女は叩頭して四阿を出て行った。リータの後処理に向かったのだ。リータを運び出すまで、兄弟達はこの場で待機である。
 カミルがベンチの上でぐったりしているのにちらりと目を遣ったあと、ディルクは頬杖をついて大仰に溜息を吐いた。
「やれやれ、最近の医者は怪しげな薬を使うな」
 ティアナの父・イシュテン伯爵は、王家の主治医の一人だ。ティアナが用いる薬はすべてその父親から調達しているものだった。リータに嗅がせたものも、カミルに含ませたらしいものも危険はないというが、副作用やあとに残る症状が軽ければ気にしていないだけのようだ。空恐ろしいものである。
「そんなことを気にするよりも報告をしてください! 『面白くなかった』以外に、あの侍女から聞き出した情報をちゃんとまとめて!」
「面白くなかった、の一言に尽きるんだがな」
 エイルリヒはもぐもぐと口を動かしながら、喋るのを面倒くさがるディルクを睨んだ。
 あんまり迫力はない。口の端にはみ出たクリームがついている。
「血の効力については不明。不死に近い力があるのは本当らしい。火雷を操る力も多少はある。ただ、一居村を焼き尽くせるほどのものかは分からない」
「何それ、ほとんど確認が取れてないも同じですよ。何を話して来たんですか。まさか本当にいちゃついてきただけじゃないでしょうね」
「あの娘は趣味じゃない」
「……そうでしたか」
「初耳だったといえば、『天槍の娘』を城へあげたのは、昨年に亡くなったクレスツェンツ王妃だそうだ。まぁ、これも伝聞の伝聞で不確かだが」
 『天槍の娘』を庇護しているのは国王だと思っていた。しかしどうやら、ディルクの推測と実際の事情は少し違うらしい。

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