盤上の踊り(2)
エリーアスは得意げに言って、彼の後ろに控える少年僧に持たせていた羊皮紙を取り上げた。太い紫色のリボンを巻いて封蝋で留めてあるから、この場で中を見ることは出来ないようだ。
「確かめるだけ無駄だぜ。抜けなんてないんだからな」
重ねて驚く貴族達の顔を想像しているのか、ざまあみろとでも言いたげである。ユニカはそんなエリーアスを冷ややかな視線で見上げたまま黙った。
「どうした?」
怒りの混じった眼差しに気づき、エリーアスはわずかに声を上擦らせた。
「王妃様は、いったいいつから私を養女にしようなんて考えていたの?」
その質問に素直に答えかけて、けれどエリーアスは息を呑んだ。ユニカの質問は、彼がクレスツェンツの思惑を知った上でユニカには黙っていたという前提で投げかけられたものだと気づいたからだ。
ユニカの推察は正しかった。エリーアスは「ユニカを自分の娘として迎えたい」と望むクレスツェンツに相談を持ちかけられていた。
「――お前を城に連れてきてそう経ってない頃だよ。王がうんと言わなかったからすぐには実現しなかったけど……嫌だったのか?」
観念したエリーアスがわざとおどけたふうに言うので、ユニカはため込んだために憤りへと変わった疑問の一端を尖った声とともに吐き出した。
「当たり前だわ! エリーにそんなことを訊かれるなんて思わなかった……私は陛下のことを憎んでいるのに、どうしてその一族に入って喜ぶと思うの?」
疫病に苦しむ人々を見捨てて、何もしなかった王が、自分たちだけ安全な場所へ逃げた貴族が許せない。それはユニカとエリーアスに共通する思いだったはずだ。
「ユニカが少しでも安全な立場になれるなら、俺はなんでもいいと思うんだけどな。養女にした先のことには、ちょっと同意できなかったんだが……」
「私を、施療院の指導者にするという話でしょう?」
「ああ、うん、それだ」
ユニカはぎこちなく頷いたエリーアスの視線がうろうろと泳いだのを見逃さなかった。
それ以外にも何かある。そうひらめき、エリーアスに向き直って距離を一歩詰める。カツン! と硬質な音を立てて靴底が大理石の床を打った。
「王妃様は、ほかになんておっしゃっていたの?」
「なんて、って、大したことじゃない。お前が施療院を引っ張っていくなんてこと以上に絵空事だ。多分冗談だよ」
- 381 -
[しおりをはさむ]