天槍のユニカ



いてはならぬ者(14)

「……」
「村を焼き尽くしたのもあの方だともっぱらの噂ですわ。ご機嫌を損ねては天槍≠フ力で焼き殺されるのではと、恐くて」
「心細い思いをしているのだな」
 前髪を指で除けるディルクの瞳は、真っ直ぐにリータを見下ろしている。髪から離れた指がゆっくりと彼女の輪郭をなぞり、やがて唇に触れた。
「ありがとう。もういい」
 ディルクはリータの耳許で囁くと、うっとりしながら名残惜しそうに目を閉じた彼女の口許に、唇ではなく薬を染み込ませた布を押し当てた。

     * * *

 ディルクは早足でエイルリヒたちが待つ四阿へ戻ってきた。
 近づく足音に気がついたエイルリヒはカップを持ったまま振り返る。
「お帰りなさい兄上。随分早いですね、もしかして話はあまり弾みませんでした?」
 ディルクは弟の頭をわしわしと掻き回してから席に着いた。
 そしてティアナが勧めてくれたお茶を断りテーブルの上を見渡すと、大皿にたくさん乗っていたであろうケーキの類がかすだけを残してほとんど消えているのを目の当たりにして、顔を顰める。
「お前、一人で全部食べたのか」
「そうしたいところでしたが、ティアナが駄目だって。ほら、兄上の分ですよ。いらないならください」
 自分の手許にとっておいたケーキを指し示し、エイルリヒは凄みのある笑顔を浮かべる。
「……一つだけ貰う」
「どーぞお好きなのを」
 差し出された皿の上から焼き菓子を拾い上げて囓り、ディルクは残りのケーキを幸せそうに見下ろしてフォークを迷わせている弟を、まったく理解できずにまじまじと眺めた。いずれ彼の身体は小麦粉とバターと砂糖になるに違いない、と思う。
「それで、逢い引きの結果は」

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