天槍のユニカ



無価値な涙の跡(2)

「いてててて!!」
 ちょうど肩の傷に当たったらしい。というか、この辺だろうなと思ってつついてみたら的中したようだ。
「傷口開いちまうだろ! って、なんだディルクか」
「仕事だ、起きろ」
「ええー……無理ー。まだ熱下がってねぇもん。フラフラだもん。まるで枯れそうな葉っぱみたいにしんなりしてるだろ、俺。仕事じゃなくてお水を与えて労ってください」
 一度は飛び起きたルウェルだったが、彼は再びぱったりと寝台に倒れた。そして枕を抱きしめながら上目遣いにこちらを見上げてくる。例えばユニカがこんなふうにしてくれたらたまらなく可愛いだろうに、と思ったが、残念ながらこれはルウェルだ。
「水っていうのは、これのことか?」
 ディルクは机の上に空の酒瓶があるのを見つけ、それを手にしながらにこやかに目を細める。
「それそれ。痛み止めにもなる魔法の葡萄ジュース。欲しいって言ったら隊長さんが持ってきてくれたんだぜ。お代わり――っぎゃー!!」



 不自由な左腕を庇いながら着替えるルウェルを手伝いつつ、ディルクはぼやいた。
「まったく、ラヒアックもラヒアックだ。けが人に酒を渡すなんて」
「いいじゃん、おかげでよく眠れたぜ。俺のこと踏んだにしちゃ優しい奴だよな。ちょっと許してもいいかなって思った。つーか、ほかの騎士の方が冷てえよ。誰も見舞いに来てくれねえんだから」
 余所者のルウェルを避けようとする者は一部いたものの、ローデリヒが間を取り持ってくれていたことと、ルウェル自身の陽気な性格のおかげで、おおよその兵士や騎士とは打ち解けていた。ところが、昨日、一昨日とルウェルの様子を見に来たのはディルクと近衛隊長のラヒアックだけらしかった。
「ライナはほかの騎士達からすれば弟や息子みたいなものだったらしいな。ローデリヒを嫌う者もいなかったし。二人が任務に戻れないようなけがを負わせたとなると、お前が避けられるのは当然かも知れないな」

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