天槍のユニカ



無価値な涙の跡(2)

「水って言うのは、これのことか?」
 ディルクは机の上に空の酒瓶があるのを見つけ、それを手にしながらにこやかに目を細める。
「それそれ。痛み止めにもなる魔法の葡萄ジュース。リクエストしたら隊長さんが持ってきてくれたんだぜ。お代わり――っぎゃー!!」



 不自由な左腕を庇いながら着替えるルウェルを手伝いつつ、ディルクはぼやいた。
「まったく、ラヒアックもラヒアックだ。怪我人に酒を渡すなんて」
「いいじゃん、おかげでよく眠れたぜ。俺のこと踏んだにしちゃ優しい奴だよな。ちょっと許してもいいかなって思った。つーか、他の騎士の方が冷てえよ。誰も見舞いに来てくれねえんだから」
 一部、余所者のルウェルを避けようとする者はいたものの、ローデリヒが仲介してくれていたこと、そしてルウェル自身の陽気な性格で、大凡の兵士達とは打ち解けていたつもりでいたのだが。昨日、一昨日と、ルウェルの様子を見に来てくれたのはディルクとラヒアックだけだ。ルウェルは口を尖らせてそう言った。
「ライナは、他の騎士たちからすれば弟や息子みたいなものだったろうから、可愛がられていたんだろう。ローデリヒを嫌う者もいなかったし。二人が任務に戻れないような怪我を負わせたとなると、避けられるのは当然かも知れないな」
「あいつらを斬るなり刺すなりしたのは確かに俺だけどさぁ、一方的じゃねえし、そもそもお前の命令無視したのはあっちだし」
「だから他の連中は、正面切ってお前を批難できないんだよ。放っておけ、そのうち隊の再編が始まればそれどころじゃなくなる。公国からも知った顔を呼んであるから、年明けまでは我慢してろ」
「別にいいけど。そういやライナは死んだのか?」
 最後に剣を渡されると、ルウェルは少しだけ声のトーンを落とした。一見神妙そうな表情だが、ディルクと同じくさして気にしていないだろう。
「このまま戻ってこないかもな」
「ふーん。若いから大丈夫だろと思ってたけど、そうでもないか。さすがに味方殺しは初体験だぜ。あ。なあ、あのお姫様に血を貰ってライナを助けてやるってのは?」
「ユニカのことか? 駄目に決まってる」
「なんで。死人が増えちゃ困るだろ?」
 部屋を出る前に立ち止まったディルクは、意地悪く鼻を鳴らして笑った。
「出来の悪い騎士とユニカの機嫌だぞ。秤にかけるまでもない」
「うわぁ……嫌われたもんだなぁ、ライナも」
「別に彼を嫌っているから見捨てようって言うんじゃない。俺が必死で頼んで、ユニカも嫌な思いをしてまで助けねばならないほどの価値が彼にあるか?」
 言ってディルクは思った。ユニカが嫌がるのはこういう勘定のことだろう。だから誰も見捨てない代わりに誰も助けないと決めている。随分と美しい性根に育った娘だ。

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