天槍のユニカ



無価値な涙の跡(1)

第八話 無価値な涙の跡


 翌日の早朝、王城の開門と同時にひと組の早馬がアマリアを飛び出して行った。雪はまだ降っていないが、空は既に暗い。使者達は吹雪にならないことを願いながら馬を急かした。
 天候にもよるが、吹雪さえなければ二、三日で国境を越える前の公国使節団に追いつけるはずだ。



 今年の冬は晴れ間が多いそうだ。しかしまだ、ディルクは爽やかに晴れ渡った空に誘われて目を覚ましたことがない。
 今日も薄暗い空の下で閲兵を終えると、彼は近衛隊兵舎の医務室へやって来た。
 医官を伴い、休眠室の一番奥のベッドに寝かされた騎士の様子を見に行く。ディルクがやって来た途端、部屋の空気は一気に緊張した。
 奥のベッドに横たわる騎士――ライナの肌は、昨日にもまして白い。急所を外れていたものの、ルウェルの剣で腹を刺し貫かれた彼は、今日目を覚まさなければ、丸二日意識を失ったままである。戻ってこないかもな、とディルクは思った。若い故哀れだと思う以上の感慨は、特別にない。
 ただ不都合だ。この程度の事件で、死者二人は多すぎる。そしてライナの父は政府の高官。任務中の負傷、最悪死であることを説明しても、息子を刺したルウェルに矛先を向けるのは目に見えている。
 何か、外務副大臣を黙らせる材料が必要だなと考えながら、ディルクは医務室を出た。
 次に向かったのは、兵士達の部屋が集まる棟だ。ルウェルの部屋を見つけると、彼は態と乱暴にドアを開けた。しかしベッドの上にいる住人はぴくりとも動かない。毛布を頭まで被って、ぐっすり眠っている。
「起きろルウェル」
 ディルクは、剣の鞘で毛布に隠れている騎士をつついた。つんつんやったくらいでは起きないことは分かっているので、遠慮したのは最初だけ、次は手加減無しでぐりぐりと鞘の先を毛布にめり込ませる。
「いてててて!!」
 ちょうど肩の傷に当たったらしい。というか、この辺だろうなと思ってつついてみたら、的中したようだ。
「傷口開いちまうだろ! って、……なんだディルクか」
「仕事だ、起きろ」
「ええー……無理ー。まだ熱下がってねぇもん。フラフラだもん。今傷口も開いたみてえだし。まるで枯れそうな葉っぱみたいにしんなりしてるだろ俺。仕事じゃなくてお水を与えて労って下さい」
 一度は飛び起きたルウェルだったが、彼は再びぱったりとベッドに倒れた。そして枕を抱きしめながら上目遣いにディルクを見上げてくる。例えばユニカがこんな風にしてくれたらたまらなく可愛いだろうに、と思ったが、残念ながらこれはルウェルだ。

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