天槍のユニカ



無価値な涙の跡(1)

第8話 無価値な涙の跡



 翌日の早朝、城門が開くと同時にひと組の早馬がアマリアを飛び出していった。雪はまだ降っていないが、空は暗い。使者達は吹雪にならないことを願いながら馬を急かした。
 天候にもよるが、吹雪さえなければ二、三日で国境を越える前の公国使節団に追いつけるはずだ。

 
     * * *

 
 薄暗い空の下で閲兵を終えると、ディルクは近衛隊兵舎の医務室を訪ねた。
 医官を伴い、最奥の寝台に寝かされた騎士の様子を見に行く。ディルクがやって来た途端、負傷兵が集まっていた部屋の空気は一気に緊張した。
 寝台に横たわる騎士――ライナの肌は昨日にもまして白い。ルウェルの剣で腹を刺し貫かれた彼は、今日目を覚まさなければ丸二日意識を失ったままである。急所は外れていたものの、戻ってこないかもなとディルクは思った。若いゆえに哀れだと思う以上の感慨は、特にない。
 ただ不都合だ。この程度の事件で死者二人は多すぎる。しかもライナの父は政府の高官。息子の負傷が任務中の出来事であることを説明しても、ルウェルに矛先を向け、ディルクに何らかの対処を迫ってくる恐れもあった。
 何か、外務副大臣を黙らせる材料が必要だな。そう考えながらディルクは医務室を出た。
 次に向かったのは兵士達の部屋が集まる棟だ。ルウェルの部屋を見つけるとわざと乱暴に扉を開けた。それでも寝台の上にいる部屋の住人はぴくりとも動かない。毛布を頭まで被ってぐっすり眠っている。
「起きろ、ルウェル」
 ディルクは剣の鞘で毛布に隠れている騎士をつついた。つんつんやったくらいでは起きないことは分かっているので、遠慮したのは最初だけ、次は手加減なしでぐりぐりと鞘の先を毛布にめり込ませる。

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