天槍のユニカ



いてはならぬ者(10)

「世継ぎという立場の兄上に迫られても、きちんと断ってくれますか?」
「殿下には大切なお役目があります。わたくしや父の力を手放すようなことはなさらないでしょう」
「だといいんですけど」
 半分は冗談、半分は本音のやり取りを楽しんでいたエイルリヒだったが、急に大仰な溜息をついて肩を落とした。
「ディルクが乗り気じゃないことくらい、僕も父上も知っています」
「お身内のことですものね。気が進まないのも無理は……」
「違います」
 エイルリヒはティアナが言いさした先をぴしゃりと否定した。ひと口大のケーキを口に放り入れて飲み下すまでの間、彼はしばらく黙る。
「僕や父上が先に動き、主導しているのが面白くないんです。ディルクは、自分であの女を殺したかった」
 そのために彼は目を覚ました。気怠い夢を貪るような暮らしをやめ、シヴィロ王国の世継ぎになることを選んだのだ。
「それでも、ディルク様は大公殿下の提案をお請けになりました。もう、執着せずにはいられませんわ」
「そうですね」
 選んだからには、彼は逃げない。逃げられないなら、彼は冷静沈着に勝利を得ようと駒を動かし始める。ときには自分もその駒となって。
 ディルクがそういう気性であると分かっていたから、エイルリヒは彼と結託することを父に進言したのだ。
「ではまず、親シヴィロかつ親ウゼロの貴族の動きからご報告いたします」
 ティアナはエイルリヒの相槌に微笑を返しながら、エプロンの裏側に作り付けてあるポケットから折りたたんだ大判の紙を取り出した。
 シヴィロ王国の廷臣とその一族の名が書き連ねられた紙を間に広げ、エイルリヒとティアナは剣呑な視線を交わし合った。


 綺麗な緑色……でも青にも見える。まるで湖のようだわ。こんな色の瞳はなかなか見たことがない。
 ずうっとこちらを見つめて話を聞いてくれるディルク。初めこそなんとしてもこの人の心を捕まえ自分のものにしなくてはならないと考えていたリータだったが、十分もしない内に思い通りには話せなくなった。

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