喪失と代償(17)
しかし、この攻撃は思わぬ方向へ弾き飛ばされた。
ルウェルを阻んだ三本目の剣の主はライナだった。
「ライナ、お前な――」
「うるさい! ローディの言ってることは正しい……あいつは何百人も殺した、そんな魔女が城にいることの方がおかしいんだ! 王家の敵を滅ぼすのが俺たち近衛の役目なら、間違ってるのは殿下やお前の方だ!」
ライナはローデリヒを背に庇い剣を構える。ルウェルはそれを冷ややかに眺めた。
この若い騎士は、今し方ディルクに何を指摘されたのかまるで分かっていないらしい。
考え方が偏っていること、感情に任せた判断をしていること、それをまとめ役の器ではないと言われたのに。まとめ役どころか、私心を殺して主の剣でいなければならない騎士の器ですらない。
「クソガキめ」
左手の先まで血が伝い落ちてきた。ルウェルはそれを確かめるように指を擦り合わせてみる。
左肩の傷は刺された上に抉られたので、出血はなかなかひどい。やっぱり勝負事は時間も手数もかけるものではないなと思う。手加減は自分のけがのもとだ。
罵られたライナは敵意をむき出しにルウェルの間合いへ踏み込むタイミングを計っている。ルウェルには子犬が威嚇してきているようにしか見えなかったが。
「ライナ。お前、そっち≠ノ立ってる意味を分かってるのか? そこに立って俺に剣を向けてるってことは、ディルクの命令を無視して、俺を殺して、ローディにユニカを追わせようとしてるってことだよな?」
ライナは、そこまで考えてルウェルと対峙したわけではなかった。しかし、状況は彼が述べる通りである。
「ローディがユニカを追っていって、殺して、けどそこから逃げられると思うか? その場でディルクや近衛の連中に斬り殺されるだけだぜ。そーいう展開でいいのかよ。そうじゃなくても、早く手当てしないとローディは死ぬぜ」
ぐっと唾を飲み込んだライナだが、剣を下ろそうとはしなかった。彼は両手で柄を握り直し、肩越しにローデリヒを振り返る。
青白い顔の彼と目が合う。
ローディが死ぬ。そうかも知れない。これ以上血を流させるのは危険だ。
けれど王太子に捕まったら彼はどうなるのか。
騎士としての名は汚され、罪人として処罰される。どちらにしろ殺されるかも知れない。
- 309 -
[しおりをはさむ]