天槍のユニカ



王城の表裏(6)

 彼女は国王の直臣、つまり爵位を持つ貴族の当主であることを示す濃緑に金の縁取りをしたサッシュを着けていた。そこに刺繍される紋章にも家名を思い出せるほどはっきりとした記憶はなかったが、この若さ、そして女当主という条件で当てはまるのは、プラネルト伯爵だけだ。ブリュック侯爵が息子に当主の座を譲った今、世襲貴族当主では唯一の女性だった。
 昨年亡くなった前伯爵の父親から爵位と当主権を継ぎながら、彼女は一度も貴族院の議場に姿を現していないこともあり、ちょっとした有名人である。
 国王に認められた爵位と当主権の継承とはいえ、この若さでは誰にも相手にされないのは無理もないだろうと、ラヒアックは彼女を目の当たりにして思った。
 近衛隊長が一瞬でも自分を侮った気配に気づき、エリュゼはただでさえ瞋恚に燃やしていた瞳をさらにぎらつかせる。
「近衛隊長ラヒアック・ゼーリガー将軍、お尋ねしたいことがございます」
「なんでしょう、プラネルト女伯爵」
 ラヒアックが立ち上がって迎えるまでもなく、エリュゼはつかつかと彼の机へ歩み寄る。そして席に着いたままの彼を睨み、インク壺が跳ね上がるのではと思うほど力を込めて机を叩き付けた。
 書類のないところを狙う辺りにまだ理性は残っているようだが、本来頭を垂れねばならない上の爵位のラヒアックにこの態度では、十分我を忘れているといえる。
「近衛の指揮系統は一体どうなっているのです! なぜ、再びユニカ様がこのような目に……! 近衛隊長のご命令ですか、そして王太子殿下はご存じのことなのですか!? これでは殿下にユニカ様をお預かりいたいた意味がありませんわ!! すぐにユニカ様を解放なさってください!」
「伯爵、落ち着かれよ。そうがなり立てられても事情が掴めませぬ。そちらの椅子に、」
「座ってなどいられません! ユニカ様のお世話を命じて東の宮に置いてきた侍女が、先ほど泣きながらわたくしのもとへ参りました。近衛のヴィクセル小隊が、抜剣してユニカ様を取り囲み、連行していったと!」
 エリュゼは今日、西の宮の召し使いを総動員して朝からユニカの部屋の引っ越し作業を進めていた。ユニカには家具を入れ替えると言ってあったが、これを機に彼女はユニカの部屋を移してしまうことにした。
 南端の格が幾分落ちる部屋ではなく、かつてディルクの母である王女ハイデマリーが過ごした最も上等な部屋へである。
 ユニカのそばにいられないのは多少不安だったが、王太子がユニカの保護を引き受けてくれたからには大丈夫だろう。そう信じていたのに、そこへフラレイが駆け込んできたのだった。

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