天槍のユニカ



見えない流星(7)

 ディルクに訊ねられると、次の料理の皿を用意していたティアナは少し考えてから頷いた。
「君にはご養父がいたそうだな。このティアナは、そのご養父の師、イシュテン伯爵の娘だよ」
 ユニカは息を呑み、目を瞠ってティアナを振り返る。
 イシュテン伯爵の名はユニカにも覚えがあった。しかしそれは、王城に上がって、王妃の口から何度か聞いたことがあったもので養父の口からではない。
 貴族の名と、王妃と養父が結びつかず、ユニカはただ混乱する。
「嘘だわ。私の気を引くために言っているんでしょう」
「嘘なのか? ティアナ」
「いいえ。アヒム・グラウン様は父の教え子の一人です。我が家に滞在しておられた時期もございますし、アヒム様が大学院に入学するための後見人の一人を務めたのは、わたくしの祖父です。証が必要でしたらいずれご覧に入れましょう。わたくしがアヒム様から個人的にいただいたものがございますの」
 声色は控えめながらきっぱりとそう言ったティアナを、ユニカは呆然と見つめるだけだった。
 やがて俯いた彼女は、それきり食事が終わるまで何も喋らなくなった。



 美味しいと思ったのは最初のキッシュだけだった。あとは何を食べたのか思い出せない。
 ディルクがずっと気遣わしげな眼差しで見つめてきていたことは知っていたが、ユニカは頭の中を巡る大好きだった人々の記憶に打ちのめされていた。
 もうここにいない人たち。ユニカの手から零れ落ちた幸せな時。
 それらが今≠ノ結びつくことはないと思っていたのに。
 暖炉の前のソファに戻ったユニカは、切なくてもどかしい思いに胸を締め付けられながら黒檀の箱を抱いた。
 養父アヒム、そして亡き王妃クレスツェンツ。彼らに繋がるものがあるのは懐かしくて嬉しい。けれど同時に、もう彼らに触れられないことを思い出す。
 どうしていいのか分からなくなる。せめて過去の温もりに近づこうと彼らの形見を強く抱きしめることしか出来ない。

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