天槍のユニカ



レセプション(12)

「エイルリヒ、やめろと言ってるだろ。聞かれたらどうする」
「心配ありません。マティアスがそこに立っています」
 唯一の扉を塞ぐように、黒ずくめの侍従が控えている。彼は耳がいい≠フで、扉の向こうに人が接近すれば気づく。動かないし喋らないということは誰もいないのだろう。
「あれは王の態度ではありません。肉親を亡くして偏屈になった寂しいご老人の態度です。裏で僕や父上の悪口を言うならお好きにすればいい。こっちだってそうしてやるのですから。でも、人前でああも冷たくされてにこにこしているしかなかった僕の悔しさが、分かりますか!?」
 身を乗り出してくるエイルリヒに温い視線と溜め息を返し、ディルクは首を振った。
 言うものの兄の共感など求めていなかったエイルリヒはディルクの反応も最後まで確かめずテーブルの上で握った拳をぶるぶると震わせる。
「許せない、帰るまでに同じ目に遭わせてやる、くそじじぃ」
 彼の主張は、どうしても『くそじじぃ』という、またしても卑俗な言葉に落ち着くそうだ。
「陛下はまだ『爺(じじい)』といえるほどのお歳じゃないぞ」
「関係ありません! 顰め面で口髭が似合っているんだから充分老人です!」
「お前の理屈は本当に自由だな」
 特に王を庇うわけでもないが、ディルクはさすがにそこまで言う気にはなれない。ついさっきが初対面だったが、実の伯父である。世継ぎに指名するはずだった息子を喪った彼は温かく甥を迎えてくれた。
 ディルクの母はシヴィロ国王の妹にあたる王女だった。二十数年前、彼女は当代のウゼロ大公へ降嫁しディルクを生んだ。それ以来、ディルクはもちろんのこと、母もシヴィロ王国の土を踏んだことはなかった。
 シヴィロ王国はおよそ三百年前に建国し、ウゼロ公国の建国はそれに遅れること八十年。四代国王の王弟が臣籍に下り、大公位と領国を与えられたのが公国の始まりだった。そのような歴史から、ウゼロ大公はシヴィロ国王の臣下の一人であるとされる。
 大公家は王家の門葉であり、両家は頻繁に血を交え、シヴィロ王家に後継のいないときにはウゼロ大公家の最も重要な子、嫡子を、世継ぎとして王家に迎える取り決めをした。
 この度のディルクの王家入りは、その三例目である。およそ百二十年ぶりの出来事だそうだ。

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