天槍のユニカ



矛先(2)

 ローデリヒはルウェルを連れて隣の厩へ行き、その中に繋がれる一頭の前に案内した。彼らの前で白い鼻息を吐いているのは足腰のたくましい鹿毛の馬である。
「ほー」
「シヴィロでは最も良質な軍馬を産出する、ギルブス領邦の馬です。これでよろしければお譲りしますよ」
「ローディはどうするんだ?」
「近々、事務方へ下がらせて貰おうと思っているんです」
「騎士をやめるのか?」
「ええ」
 そう言って、ローデリヒは右腕をさすった。革の手袋で覆われた手を何度か握っては開いている。足許に向けられる笑みはどこか自嘲気味で暗い。
 馬の首筋を撫でていたルウェルは、それを見て控えめに尋ねた。
「けがでもしたのか?」
「右腕を痛めまして……また剣を握れるか分かりません」
「そっか。もう乗らないってんなら、貰えるもんは遠慮なく貰うけど。いい馬だしな」
 陽気に言ったものの少し考こみ、何かを思いついたルウェルは力なく笑うローデリヒの肩を勢いよく叩いた。
「お前の嫁、すげぇ美人だって聞いたぞ」
「え? はぁ、よく言われますが……」
「事務方なら兵舎で寝泊まりする必要もないらしいし、美人の奥方が待ってる家から城に通うんだろ? それなら、一回遊びに行きたい。お前の嫁、見てみたいな」
 ルウェルは同僚の肩に腕を回し、にっと笑った。励ましてくれているのだと気づいたローデリヒは、眉尻を下げながらもルウェルに笑みを返した。
「そうですね、ぜひ。子どもが生まれたばかりでやかましいかも知れませんが」
「ふーん。若いのに、跡継ぎがいるなんて頼もしい奴だな」
 ルウェルはローデリヒの仄暗い笑みを横目に、彼の脇を小突きながら肩を組んだまま厩をあとにした。

 
     * * *


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