「じゃあ、なぜ家を出て女公爵のところに?」
「わたくしが弱いと相手にならないからと言われて、兄と遊べるようにたくさん勉強したのですが――わたくしの方が上手くなると、兄はそれが気に入らなかったようで」
ディルクが駒を置くと、スザネは間髪容れずに先ほどの僧侶を動かした。
「そんな些細なことだったのですが、いつの間にか屋敷の中にい辛くなってしまいました。もしかすると、わたくしのほかの言動も兄や奥様を不快にさせたり、傷つけたりしたことがあったのかもしれませんが……」
声こそ尻すぼみになるものの、スザネはわずかも表情を変えなかった。それがすべてを抑え込んだ仮面であることはいうまでもない。
まだ十四歳で家から離れる決意をした娘を見つめ返し、ディルクは思わず声を漏らしていた。
「スザネのせいじゃないよ。そんなのは、相手が勝手に決めることだ」
そう。相手が勝手に決めることだ。
ディルクがどんなに努力しようとも、己の子ではないディルクを、妃の裏切りの証であるディルクを、大公が認めるはずはない。
その結果が今回の初陣の顛末だ。
目の前に戦場の幻が広がる。
ひゅっと喉が鳴り、遅れて湧いてきた吐き気に思わず突っ伏しそうになる。肘をつき辛うじてそれは免れたものの、ガラガラとけたたましい音を立てて盤上の駒が払い落とされてしまった。
「殿下!」
ああ、まずい。どこにどの駒があったか思い出せるだろうか。スザネが慌てて席を立ち身体を支えに来てくれた時、真っ先にそう思った。
「侯爵夫人をお呼びしましょうか」
「……大丈夫、多分、そんなにひどくない」
そうは言いながらも全身が震えているディルクを、スザネは支えて長椅子まで連れて行ってくれる。
仰向けになると、ディルクと同じくらいに青ざめだスザネがこちらを覗きこんでくる。こんな様を見られるのがいたたまれなくて、せめて自由に動く右腕で目を隠した。
もしかして、自分が恐れているのは戦場の光景でも、大けがを負った時の痛みでもないのかもしれない。大公の害意を、この身を持って感じたからかもしれない。
そう思うと、腕の下に隠し、なおきつく閉じていた瞼から涙がこぼれ出た。
👏
読んだよ!💖
絵文字で感想を送る!