天槍のユニカ


幕間−2−(6)

 彼女が自分で口にしたように、これは戦場を想定して行う教練の一つ。最早チェスとはいえないくらい複雑さが増し、コツを知らなければこの数の駒を操りきれないのだ。

 そして、同時に時間がかかる勝負でもある。スザネは慣れない駒の数に苦慮し、ディルクも習いたての戦術を試すほどの腕しかなかったので、その日は決着がつかなかった。
 続きは翌日に持ち越されたが、次の日、テナ家の屋敷を訪れたのはスザネ一人だった。

「姫様は連日お勉強の時間を守らずにお出かけなさっていたのを、女公爵に咎められてしまって……昨日の続きがあるからとわたくしだけはこちらに出向くよう命じられたのですが……」

 スザネは気まずそうにディルクの足元を見たまま、もごもごと事情を教えてくれた。ディルクもこれは面倒なことになったなと思った。
 スザネはまだディルクと会話らしい会話をしてくれない。レオノーレがいて、いつも妙な沈黙を示すスザネとの間を取り持ってくれていたからなんとなく三人で話しているような雰囲気になっていただけだ。

 しかし、馬車でとはいえ、木枯らしの吹く中をやってきた少女を即座に帰すのも悪い気がして、ディルクは彼女をテーブルに誘った。

「いつまでも並べておくわけにもいかないしね」

 決着は今日、という約束で昨日は別れたので、応接間のテーブルの上にはチェス盤が三つと数多の駒が乱立したままだ。

 冷たい風が窓を撫でる音を聞きながら、二人は黙々と対局を再開した。対局中のスザネは特に無口なので、応接間には二人が交互に駒を置く音だけが響く。
 静かすぎてかえって気が散る。スザネの様子を伺ってみると、彼女もいつもより強張った表情だった。

 熟考しているのではない、恐らく、ディルクと二人きりなことに緊張している。
 それで彼女が冷静さを欠いてくれるならディルクにとって有利なはずだったが、それにしても静寂で耳が痛かった。

「スザネは、どうしてこんなにチェスが強いんだ?」

 彼女は僧侶の駒を摘み上げたところで、驚き手を止めた。そしていくらか迷い、ことりと黒い駒を新たな目に置く。ディルクの問いに戸惑ったようだったが、その一手も完璧だった。

「昔、兄が教えてくれたことがありましたの」
「へぇ」

 相槌を打ちつつ、レオノーレから聞いたスザネの事情を思い出す。確か、異母兄や正妻と折り合いが悪く、家を出てきたと聞いた気がしたが。

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