幕間−1−(4)
振り切れた緊張と恐怖と興奮でなんとか保っていただけのディルクの身体は、はたりと抵抗をやめた。
(こんなものか……)
戦はその背景にどんな思惑があろうと、戦う兵士にすればただの殺し合いだ。目の前の誰かの命を奪うか、自分の命が奪われるか、それだけの単純な世界だった。今、自分に訪れているのが後者の瞬間にすぎない。
あっけない、ばかばかしい。こんな形で終わるなんて。でも、もう打てる手もない。
ここで死んだら養父たちを悲しませることになるだろうな、という心配が少しだけ脳裡をよぎるが、ディルクの中でより大きかったのは、疲れた諦め。
しかし、ディルクの失意すら弾き飛ばすような勢いで回転しながら飛来した剣が、トルイユ兵の首を美しく刎ねた。
まるで人形の頭のようにそれはポンと宙に浮かび、一拍あとには首から噴き出した血の雨とともに泥の上に落ちてくる。
トルイユ兵が自分たちを襲ったものの正体に気づいた時、その騎士は疾駆する馬の上から二口目の剣を投げていた。水平に回転しながら飛んだ剣はまた別のトルイユ兵に突き刺さり、その衝撃で相手をなぎ倒す。
まるで突風が敵兵を押し倒していくようだった。騎士はディルクに群がろうとしていた敵兵に騎馬のまま突っ込み、三口目にはいよいよ己の剣を抜いて手当たり次第に兵を斬り伏せていく。
彼の鎧の肩には二輪の赤いリコリスの紋章が――あるようにおぼろげに見えた。
「このばか! 出すぎだ!」
血の霧を撒き散らして周囲の兵をあらかた退けると、ルウェルは鞍から飛び降りながら怒鳴った。そして倒れていたディルクを担ぎ上げる。鎧の重さなどものともしていないかのように馬に乗せると、落ちていた槍を一本拾って再び騎乗した。
「前線で迷子とかマジありえねーし! つーか兜はどうした!? 目立つんだよその金髪! おかげで見つけられたけどな。うわヤバい、気づかれた!」
公国の牙に数えられる騎士ルウェルが救出に現れたことでディルクを本物の公子≠ニみなしたのか、単にルウェルを討ちとる好機ととらえたのか、近くで隊形を保っていたトルイユの部隊が反転してくる。
ルウェルはディルクの頭に自分の兜を無造作に被せると、敵にあっさりと背中を見せテナ将軍の本隊を目指して一目散に駆け出した。
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