天槍のユニカ



幕間−1−(3)

 敵兵はディルクの前髪をつかんで無理やり顔を上げさせる。
「このガキがか?」
「獅子とスミレと剣は長子の紋章だ。年頃も合う」
 鎧の胸と背に彫られた紋章はディルクの身分を示すもの。道理でよく襲われるわけだ。
 ディルクが初陣を果たしたのはつい十日前のことだった。この会戦の前哨戦となった小競り合いでのことだ。
 ディルクのいた隊がほとんど動かされることなく戦闘は終わったため、ディルクが実際に騎士として出撃するのはこれがほぼ初めてと言ってよかった。
 大公の息子の初陣。捕らえるなり討ち取るなりすれば大きな手柄にできる。しかし本来なら、軍の重鎮たちに守られているのが君主の子の初陣というもの。
 それが単騎で敵の懐深くへ迷い込んできているとなれば、経験のない十五歳の子どもなどよいカモだった。
「影武者じゃないのか。公子が単騎でこんなところまで斬り込んでくるか?」
「偽物ならただの捕虜だ。だが本物なら儲けものだぞ。大公との交渉に使える。俺たちの手柄だ」
 最低だ。大公はディルクを人質に取られたところでなんとも思いはしないだろうが、養父はそうはいかない。きっとディルクを取り戻そうと考えるだろう。しかし大公の意を受けて軍をまとめるのが彼の役目だ。主君とディルクの間で、彼がどれほど苦悩することになるか。
 そして養父から貰ったスミレの紋章を踏みつけられているのが、我慢ならなかった。
 ディルクはしみる目をやっとのことで開き、自由な右手で泥を握り彼の前髪をつかんでいたトルイユ兵の顔面に投げつける。完全に不意をつかれた兵は悲鳴をあげて尻餅をついた。
 その隙をつき、腰に残っていた短剣を抜いた。背中を踏みつけられながらも渾身の力を込めて仰向けに転がり、その拍子に体勢を崩した兵の脚に短剣を突き刺す。
 骨まで達した感触。衝撃で手首が痺れる。しかし剣を引き抜き取り返す力は残っておらず、もんどり打った兵士の脚に刺さったまま最後の武器もディルクの手を離れてしまう。
「このガキ!!」
 思わぬ反撃に激昂した別のトルイユ兵が馬乗りになってきた。血と毒薬がついた手を首にかけられる。容易く気道を潰され、そのまま首の骨も折られそうなほどの力で締め上げられ――

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