天槍のユニカ



呪い(24)

 いかに分厚い絨毯が敷かれているとはいえ、杯は耳障りな音を立てていくつかの不格好な硝子片に姿を変えてしまう。
 ルウェルが驚き目を瞬かせていると、やがて彼女はうつむいたまま肩を震わせる。
「あたしは誰かに嫁がないと、父様やディルクの役には立てないっていうの?」
 その声に涙が滲んでいたので、逡巡しながらもルウェルは腰を浮かした。そうしてレオノーレの足元に散らばっていた硝子を拾う。
 細かい破片は絨毯に埋もれて見えなくなっていたので、レオノーレが硝子を踏まないように彼女の身体をよっこいせと抱き上げて椅子に座らせた。屈んでその足が破片で傷ついていないことを確かめてから、ぼろぼろと泣いているレオノーレの頬から雫を拭ってやる。
「なんでそう思うわけ?」
「陛下が、大公家の姫君に、父様とディルク、ディルクとこの国の貴族をつないで欲しいって。要するに、クリスがプラネルト伯爵と結婚するのと同じことをやれってことじゃない」
 幼子のように流していた涙を自分でも乱暴に拭い、レオノーレはその拳でテーブルを殴りつけた。
 レオノーレと違い、クリスティアンは自分でこの国に残ることを選び、そのための手立てとしてエルツェ家と縁の深いプラネルト女伯爵と結婚することにした。二人の繋がりはエルツェ公爵とディルクを結びつける縁にもなる。
 レオノーレはそのような方法でここにいる理由を作ろうとは思っていないらしい。シヴィロ王国に根をおろす気もないのかも知れない。
 不羈の精神が強いレオノーレにとって、自ら選ぶことを禁じられるのは何より耐えがたいのだろう。少なくとも公国ではレオノーレにあらゆる選択が許されていた。父から甘やかされてきた公女は、自分の選択が運命を動かせると信じ切っている。
「陛下はきっと、ユニカがディルクの妃になることをいつか許すつもりだわ。そのためにあたしが必要なの。今からでもディルクとユニカの味方を増やすために、あたしが」
「それの何がだめなんだ?」
「『能力を買われて王家に嫁いだ女はいない』のだそうよ。だったら貴族に嫁ぐのも同じよ。あたしじゃなくてもいい、誰でもいい、そんな役目を押しつけられたくない」
 レオノーレは本来、ちゃんと考えて、自分の選択に責任を持てる姫君だ。しかし今回はその強さの悪い面が出ているな、と、ルウェルは頭を掻いた。

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