呪い(2)
あの日々を思い出す時、ルウェルの心は鏡のように凪いだ湖面に変わる。
湖の底は、
どこまでも深い。
* * *
指示した通りの時間にルウェルは近衛隊長の執務室へ現れた。気だるげで締まりのない態度はいつものことだったが、今日に限ってラヒアックはそれを咎めなかった。
「なんのご用ですか? 隊長さん」
「客人が訪ねてきている」
「それ、俺に? 今朝聞いた時も変だと思ったんですけど、人違いじゃなくて?」
「シヴィロに知り合いっていなかったはずなんだけどなぁー」と言いながらルウェルは頭を掻く。その様子を見るラヒアックは胸に灰色の靄が湧いてくるように感じた。
ウゼロ公国で育ったルウェルにとって、シヴィロ王国はすでにただの異国。たとえ生まれ故郷がこのアマリアであっても、彼自身がこの地に、あるいはこの地の人々に縁故を感じていない。そんなルウェルにわざわざシヴィロ王国での族縁を突きつけてどうなるというのだろう。
情に流されてしまったことをわずかに後悔しながら、ラヒアックは机の上で組んでいた手を握り直した。客人を待たせてある応接間へ向かうべく、ルウェルを促して執務室を出る。
「確認するが、お前はハイデマリー王女の輿入れに従って公国へ行った。それは分かっているな?」
「ああ、まぁ。ウゼロに行って、クリスのうちで育てられたってのはさすがに覚えてますけど」
「では、生家のことは覚えているのか」
「いや、ぜんぜん。そもそもなんで姫様の輿入れについて行ったのかもよく覚えてないんすよね」
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