呪い(1)
第10話 呪い
幼い頃の記憶はとっくに曖昧になっている。ただ、いくつかの出来事は強烈に覚えていた。
その一つが三人で<Eゼロ公国まで旅をした時の記憶だ。実際は大勢の貴族や召し使いを従えた大行列だったので、旅の連れは百人を超えていたはずだった。
けれど、ルウェルの中に残っているのは三人で一緒にいた′景だ。
ウゼロ公国へ嫁ぐシヴィロ国王の妹姫と、彼女を守る騎士と、ルウェルの三人。
「わたくしたちは捨てられてしまったの」
姫君は馬車の中でたいていめそめそと泣いていた。ルウェルには「捨てられた」がどういう意味か分からず、それゆえ姫君が何をそんなに悲しんでいるのかも分からなかった。
「ルウェル、わたくしの味方はあなた達だけよ。ずっとそばにいてね。わたくしをさびしくさせないでね」
きょとんとするばかりのルウェルだったが、それでも姫君はルウェルの小さい身体を抱きしめていれば気が紛れるらしかった。馬車に押し込められた旅は大変だったので、華奢でやわらかい姫君の身体に包まれているのが、ルウェルも好きだった。
めそめそしがちな姫君が笑顔を見せる時間もあった。彼女の騎士が二人を馬車の外へ連れ出してくれる時だ。
騎士の名前はハーラルトといったが、ルウェルは上手く発音できなかったので「ハル」と呼んでいた。ハルは、景色がよい場所で休憩する時などは、姫君とルウェルを連れて少しだけ隊列を離れ、二人がくつろげるようにしてくれた。
「ハルは、姫さまがすきなんだね」
純朴で優しくて、それ以上に生真面目だった騎士が姫君を特別な相手として扱っているのは、ルウェルにも分かった。ルウェルはハーラルトの感情を「すき」としか言えなかったが、それが的を射た表現だったらしく、若い騎士は珍しく慌てふためいていた。
姫君もその気持ちを知っているようだった。
けれど姫君がハーラルトに与えたのは、このときは花のような微笑みだけ。
それでも三人の旅はいつでも朗らかな空気に満たされていた。知らない土地へ移り住むことになる心細さもあったが、姫君とハルが一緒なら、大好きなこの二人が一緒なら、それでいいと思った。
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