天槍のユニカ



光と影(17)

 少なくとも、蝶がいれば夢中で追いかけてしまう今のジゼラは、まだそんなことを考えていないだろう。ならば気にかけているユニカの方が先を行っている、と言われたところで何も楽観する気にはなれなかったが。
「勉強は、してみる。助けてくださる方はたくさんいるし、勉強するだけならいくらでもできるわ」
 どの道、この国の貴族の婚姻すべては王の許可を必要としている。いくらユニカやディルクが望んでも、大貴族達が後押ししても、王が否と言えばそれまでなのだから。
 そして、王が首を縦に振るとユニカには思えなかった。それは不安と安心、両方の原因になっていた。
 出て行けと言われることは不安だが、自分に委ねられているのはやってみること≠セけだと思えば気が楽だ。
 ユニカの静かな決意を受け取ったように、エリーアスもまた静かな声で返してきた。
「俺は反対しない。お前が公国に行くのも、その先もあいつのそばにいようとするのも。ユニカがいたい場所がそこならそれでいい。けどな、やると決めたなら、どういう状況になってもあいつのことを信じてろ。それが一番、お前を守る」
 やたらと押し殺したような口調でもあった。
 ユニカがきょとんとしながらエリーアスを見上げると、彼ははっとして止めていた手を動かす。
「茶会の一件であいつには念押ししておいたからな。それに、王族の妃なんてこの世で一、二を争う苦労のある仕事だぜ。あの王妃様だって時たま弱音を吐いたりぐずったりしてたんだから。一緒にいる王太子を信頼できなきゃ務まらない」
「私は、お妃の仕事の大変さよりエリーが殿下にどう念押ししたのかが気になるわ」
「そこは気にしなくていいんだよ。男同士の約束の話だ。あとはお前自身も保身つーもんを覚えるんだ。貴族に舐められないようにする方法もな」
「それはこの間、メヴィア公爵夫人に一つ教えていただいたの。悪口が聞こえてきたときの対処法」
「へー、どんな?」
「聞こえてきた方を向いてにっこり笑うんですって。『聞こえていましたよ』っていう顔で」
 その時に練習させられた微笑みをエリーアスに向けてみると、彼はわざとらしく眉を顰め肩を竦めた。   
「恐ろしいけど効果はありそうだな」

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