天槍のユニカ



選びとる(5)

「多少の不敬をお許しくださるなら、正直に申し上げさせていただきとうございます」
「……よく分かった。言わなくていい」
 目の前であからさまな溜め息をつかれ、エリュゼは歯噛みした。溜め息をつきたいのはこっちである。そう心の中で呟きながらテーブルの上に置かれた徽章を睨みつける。
 徽章は王太子の紋章を象ったものだった。王家の象徴である有翼獅子紋が描かれた盾に、交差する剣とスミレの花。スミレはもともとクリスティアンの生家であるテナ侯爵家の花紋で、ディルクがテナ家で育てられたことに由来するそうだ。
 ユニカを守る騎士や、侍女のディディエン、フラレイ、リータにまで与えられている徽章だった。それは彼らがディルクの命を受けてユニカを守り世話していることを示す。
 エリュゼはその中に加わりたくなかった。一つには、先に述べたとおり王家の思惑に振り回されることなくユニカを守りたいから。もう一つには、個人的に王太子のことが好きではないからだ。
 結婚相手を勝手に決められそうになったり、出ていけと言われたり、何かと侮られている気がしてならないし、エリュゼは今までのことを全部根に持っていた。
 相手は主家の跡継ぎ、そう遠くない未来にはエリュゼの主君になるとは分かっている。だがしかし、今のエリュゼは王の£シ臣であり王太子の下僕ではないと、どうしても反抗心がふつふつしてくるのだった。
「陛下が卿を自由にさせているのは知っている。それがユニカのためだということもなんとなく分かっているが……だからこそ卿にはユニカを守る立場に責任を持って欲しい」
「おっしゃることは分かるつもりです。わたくしがエルツェ公爵夫人の代わりにユニカ様のお世話をしているという曖昧な立場だったから、公女殿下のお言葉に惑わされて判断を誤りました。だからといってどうして、殿下のおそば付きの侍官に任じられねばならないのですか」
 殿下のお世話なぞしたくない、そんな暇はない。と言うのは辛うじて堪えたが、顔には出てしまった。ディルクはまたしても大きな溜め息をついた。
「それを説明するために呼んだのに、聞こうとしないのは誰だ」
「わたくしは先ほどから説明しか求めておりませんわ」
 ディルクはあからさまに「手に負えない」という顔で肩をすくめ、執務机から立ち上がるとエリュゼの前にあったテーブルにばさりと紙の束を投げて寄越した。その表紙を見てエリュゼは目を瞠る。
 王太子の表情を窺うと、手に取るよう促されたので表紙をめくった。

- 1344 -


[しおりをはさむ]