盤上の踊り(19)
じゃり、と金属の擦れるような感触が掌に伝わるが、そんな違和感も混乱した頭の中では一瞬で溶けて消える。
「殿下!」
兵士を取り押さえていたラヒアックが叫んだ。ディルクが振り返ったのと、弩の照準がユニカに合わせられたのはどちらが早かったか。
矢が弦から放たれる音と同時に、ディルクはユニカを押し倒す。
卓の間に倒れ込んだユニカは下敷きにされながら呻いた。重たい。けれどディルクが上手く庇ってくれたので今度は頭を打たずに済んだ。
「殿下……」
ユニカが呼ぶと、耳元でディルクの吐息が揺れた。くっと、微かに。
(笑った……?)
彼が起き上がろうとするので、ユニカは怪訝に思いながらもディルクの背に回していた腕を解いた。しかしその途中で、硬い小枝のようなものに手が引っかかる。するとディルクが動作を止めて息を呑んだ。
ユニカは小枝の正体を確かめようと、首をもたげてディルクの背中を見た。背中、というよりは左の脇腹に近いところに、今の弩から放たれた矢が突き刺さっているではないか。
「――でん、」
ディルクは悲鳴をあげそうになったユニカの唇ををやんわりと人差し指で塞ぎ、微笑んだ。そして起き上がり卓の上に登ると、抜き放った剣で迫ってくる兵士の手から武器を叩き落とす。
呆然とその後ろ姿を見ていたユニカは、更に叫びそうになって慌てて自ら口を塞いだ。
ディルクが自分の背中に生えている矢を掴み、何の躊躇もなくそれを抜いたのだ。
「フーベルト・チーゼル!!」
大音声は剣戟を切り裂き、興奮で顔を真っ赤にしながら兵士たちの戦闘を見ていた外務卿の耳にも届いた。はっと顔を上げた彼は、ディルクが掲げ持っている矢に気づいて一瞬だけ怪訝そうな顔をする。
「卿の号令で放たれた矢だ。これに私の血がついている意味が分かるか」
血の上っていた彼の頬が、みるみるうちに白く褪めていく。よろけたのか、外務卿は一歩後退った。
「逆賊を捕らえよ。抵抗する者は殺せ」
冷徹に命じるディルクの上着、矢を抜いたところにはじわじわと赤い染みが広がる。
エリーアスが駆け寄ってきて抱きしめてくれたのにも気づかず、ユニカは歯を震わせながら、王太子の後ろ姿から目を離せないでいた。
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