天槍のユニカ



公国騎士の参上(11)

 これはもちろん誰かがつくりあげた嘘だ。王太子は毎晩自分の寝室で眠っているのだから。
(いや、もしかして、抜け出して……?)
 いやいやいや、そんな余裕はなかったはずだ。ディルクが疲れているのは目に見えて分かった。噂が一人歩きして大きくなっているだけなのだ。
 この噂は王太子の名誉を傷つけかねないものだとカミルは思った。
 名君といわれる今上の国王がただ一つ抱える汚点、それが『天槍の娘』。
 王太子までもが彼女に籠絡されてしまったと思われたら、王家に寄せられる民からの信頼が揺らぐことになりはしないだろうか。
 しかも、カミルの心配をよそに、ディルクは何やら娘に贈りものを届けさせていた。三日後には彼女をお茶に招待すると言っているから頭が痛い。やめた方がいいとカミルが言っても、主は聞かないのだ。
(陛下にお知らせしようか……あ、ラヒアック殿でも……とにかく殿下をお諫めくださる方に相談した方がいいのかも)
 行列の前方、王の背後を守る一人の騎士が目に映る。『忠誠心』の異名を持つ彼ならば、きっとディルクの軽率な行動を止められるはずだ。
「カミル」
 拳を握り、ちょっと恐くて近づき難いけど頑張って近衛隊長にお願いしよう! と決意したところで、カミルは冷たい声で主に呼ばれた。
「余計なことをしてみろ。暇を出すぞ」
 笑顔をともなう脅迫に、カミルはあっさりと決意をくじかれた。なぜ考えていることがばれたのだろう。そしてそんなに怒るほど、主は『天槍の娘』に興味を持ってしまったのだろうか。
 歩きながら悩み悶える器用な侍従を横目に、ディルクは溜め息をついた。
 ユニカのことをよく思っていない者が傍にいると邪魔だった。カミルの見極め期間もそろそろ終わりである。さて、どうするかな。首を切るのは簡単だが……。
 もう一度息をつき、ディルクは椅子に深く身体を預けて目をつむる。後ろから迫るように聞こえてくる歓声に耳を澄まし、今日のところは何も考えないでおこうと決めた。
 せっかく大きな公務を終えたのだ。温めた葡萄酒を飲んでお湯に浸かって、あとは寝るだけにして、カミルの処遇は後日考えることにしよう。

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