苦いお砂糖(13)
「でも、大公家へお嫁に行かれたらそうは参りませんわよね。粉まみれのお妃なんていうのはちょっと……」
口を挟んだのは、先ほどユニカ達を呼びにきた取り巻きの一人、ペトラだ。彼女の言葉につられて、もう一人のお姉様≠烽ュすくすと笑う。
「確かに、わたくしに任されるのは大公殿下や公子様、廷臣の方々とともに国のありようという、もっと大きなものをつくることでしょうから、お菓子にかまかけている時間はなくなるかも知れません。でも、粉の扱い方を知っているのは大いに役に立つと思っております。例えば、今朝ペトラさんが召し上がったパンと、このケーキ、そもそも膨らみ方の仕組みが違うのはご存じ?」
「……い、いいえ」
ティアナから真剣に問い返され、ペトラの嘲笑がふっと消える。
「そうでしょうね。召し上がることだけを考えていてると知る機会はないでしょう。でも、パンの作り方をを知っていれば、目の前に飢えた人が現れた時、何を用意し、何をしてやればいいのか分かります。
そういうことを学べるから、厨房の世界は奥深いのですよ。なにしろ人の生命を支えるものが作られている場所です。皆さまも一度お入りになってみては。パンとケーキの違いくらいは、すぐに分かるはずです」
だいぶ痛烈な無知への批判を含んだティアナの言葉に、ラビニエの側から返ってくる言葉はない。
張り詰めた空気になり、二つ目のケーキをもぐもぐしているレオノーレはともかく、ユニカにもクリスタにも次の話題を切り出す勇気はなかった。はたき返された格好のペトラも不満そうに黙っている。
ほかの客達もこんなに益体のないやりとりをするためにここに呼ばれていたのだろうか。
さっきまでいた自分のテーブルの平和さと、丁寧に挨拶してくれた令嬢達の似たり寄ったりな会話の方がまだずっと実りがあった。
少なくとも、相手の言うこと成すことを貶し合うような言葉遊びはしなくてよかった。
「さすが大公妃に選ばれるお方ですわ。きっと、君主の妻に求められるのはそういう資質なのですね」
妙な空気を収めたのは、この場の主人であるラビニエだ。だが、にこやかに言った彼女の視線がこちらを見たことにユニカはどきりとした。
君主の妻の資質――ティアナにはあるようだが、ユニカには?
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