苦いお砂糖(12)
「ええ。今回はさすがに量があったので使用人達にも手伝わせましたが」
レオノーレの向こうの席でティアナが答えるのを聞き、ユニカはテーブルの上での会話に注意を戻した。よそごとを考えている余裕はない。
それはそうと、また新たな他人の特技を知って驚いた。大公家に嫁げるほどの身分であるティアナが厨房に出入りしているとは。ユニカが知る限り、貴族の姫君に料理の才能などは求められないものだが。
「なにそれ、あたしも食べたい。どれ?」
「あちらの丸いケーキですわ。黄色いダリアの花びらが挿してある……」
ティアナが最後まで言い終える前に、レオノーレはクリームと花びらで飾り付けされたケーキにフォークを突き刺していた。一応、自分の取り皿に一休みさせてから一口で頬張る。
ラビニエと彼女の取り巻き二人は公女殿下の大きな口に唖然としていたが、見慣れてきたユニカ達はもう動じなかった。
「これがエイルリヒを虜にした味ね。おいしいわ」
口の端についたクリームを指先で拭いながら、レオノーレはご満悦だ。
これまでユニカはお菓子に進んで手を伸ばしてこなかったが、初めて食べてみたいなと思った。人に振る舞えるほどの料理を作れるなんて、純粋にすごいと思う。何しろユニカはディルクと二人がかりでオムレツも作れなかった。
私もひとつ――そう言おうとしたが、少し不自然なくらい無邪気なラビニエの声が先を制した。
「でも、お料理だなんて。よくイシュテン伯爵はお許しになりましたね。我が家では考えられませんわ。お父様にもお母様にも叱られてしまいます」
ころころと笑う可愛らしい声だったが、それがティアナに向けられたささやかな毒針であることがユニカにも分かった。
ラビニエの家と、ティアナの家と、爵位は同じでも、王家との血縁をはじめ、様々な要因で決まる家格はどちらかが上だ。ユニカにその判別はつかないが、ラビニエは仕掛けた≠フだ。ティアナの菓子作りを、使用人の真似事だと嘲って。
しかし、ティアナは涼しい顔で返した。
「ジンケヴィッツ伯爵家では、そのような家風であったのですね。当家は古くから医薬を扱う家ですから、何ごとも試してみる≠フが得意なのです。特にわたくしの母は幼い頃に他界していましたから、親といえば医官である父一人。厨房に入ってみることも経験だとしか思わなかったのでしょう」
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