天槍のユニカ



公国騎士の参上(10)

「民衆は殿下に微笑みかけられて、大変喜んでおりましたね」
「そうだな」
 ディルクは相槌を打ちながらも、目隠しのために天蓋の布を降ろさせた。もう少し民衆に手を振ってやるのかと思ったら、彼はさっさと隠れて外套にくるまっている。その様子を覗き込んでカミルはくすくすと笑った。
 初めから王太子然としていたディルクだったが、この頃は気を許し始めてくれたのか、時々こうして気の抜けた姿をカミルに見せてくれるようになってきた。舐められているだけとは考えもせず、カミルはただただ嬉しい。「帰ったらすぐにお湯浴みの用意をして差し上げよう」と、ディルクが喜ぶ顔を想像してうきうきするだけだ。
 とにもかくにも、主人が民衆に受け入れられるのを目の当たりにして、今日のカミルはここひと月で一番幸せだった。
「これでひと通り、ご挨拶は終わりましたね。次は七日後の叙任式ですが、それまで大きなご公務はございません。少し、ゆっくりしていただけそうです」
 もちろん、毎日のように挨拶にやってくる貴族をもてなさなくてはならないが、こうした大きな催しがあるのとないのではディルクの疲労の具合も大違いだ。
 特にこの十日間、ディルクは公国の使節と頻繁に会い、連日交渉を重ねていたせいでしっかり休めていない。
 快復したエイルリヒが使節団を宥めてくれたおかげで、ディルクが主催した昼食会で起こった毒殺未遂事件はようやく王国側が提案した形に落着した。しかし、使節団の中核を担う公国貴族たちがディルクに向ける不審の目――あれを思い出すと、カミルは気分が落ち込む。
「三日後の午後はしっかり空けてあるな?」
「はい、ですが……」
「口を出すんじゃない。恩人に礼をするだけだ」
「はい……」
 それからもう一つ、カミルにとって憂鬱なことがあった。あの日以来、城に流れている噂だ。
 エイルリヒを毒から救ったのは『天槍の娘』だというのである。しかも、ディルクが直々に頭を下げに行ったとか。
 本人に確かめたところ噂ではないというからカミルは仰天した。事実であることは認めるしかないようだ。しかし不安な噂はその事実の続きにあった。
 あの日、ディルクが『天槍の娘』を抱えて城内を歩き回っていたらしい。それも自ら西の宮へ迎えに行ったり送り届けたり。行き来はそこで終わらず、それ以来ディルクは夜な夜な娘の許へ通い続けているというのだ。

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