天槍のユニカ



公国騎士の参上(6)

 ふた月前、クヴェン王子の葬列で涙にひた濡れた場所に今日は棚が立ち並び、集まった人々に向けて祝いの酒と食べものを売りさばいている。
 行列の所々に掲げられた青い旗には、咆吼する双翼の獅子が描かれた金の盾。その前には剣と一輪のスミレの花が交差していた。新しい王太子の紋章である。
「一番大きい旗の下に殿下がいらっしゃるんですって! あっ、あの旗よ!」
「ぜんぜん見えない! おじさんどいて!」
 年頃の娘たちが数人、半ば絶叫しながら人混みを掻き分けて通りへ出ようとしていた。
 未婚の眉目秀麗な若者に王子という肩書きがついて歩き出すと、年頃の娘はああして我を忘れるらしい。行列の前にたどり着くことなく圧死してしまわないかいささか心配だ。
 今朝から場所を変えては何度も見てきた光景を横目に、青年はずらりと並ぶ見世棚で串焼きやらチーズやら……とにかく長旅の疲れを癒すために手当たり次第に食べものを買いあさっていた。
 行列を追いかけながらそういうものを食べ歩き、時々テーブルのある食堂へ入ってひと息つき、また行列を探して追いかける。
「まだ城に入んねーのかなぁ」
 青年は行列の旗が見えなくなるのを見送りつつ、注文した腸詰めに溶けたチーズを塗りたくって食べていた。うん、美味しい。しかしウゼロ公国のチーズとはちょっと味が違う。
 そう思いながら気怠げに呟いた彼の前に、カップから溢れんばかりに注がれた麦酒(ビール)がどんと置かれる。
「あんた、祝いの日に酒を飲まないのか? 金がないなら一杯くらいは驕ってやろう!」
「あー、ご親切にありがとうおじさん。でもいいわ。俺、このあとひと立ち回りするつもりなんで、酒はまずいの。すげー飲みたいけどさ」
 隣のテーブルで飲んでいた男達だった。青年の様子を一人で寂しそうだとでも思ったのか、男達はわいわい騒ぎながら彼を取り囲んだ。一緒に自分たちの料理も持ってきて食べるように勧めてくれる。
 青年は酒には手を着けようとしなかったが、料理には遠慮なく手を伸ばした。
「お前さんどっから来た? この祝賀の日に旅装束のまんまでよ。王太子殿下を見にアマリアまで来たってくちじゃないのかい」
 シヴィロ王国の冬は国土の隅々までを雪に覆われる。そんな中をわざわざ旅する人間はよほどの事情を抱えているか、王国の気候に慣れた商隊か、物好きかばかの四択だと言われるほどだ。

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